53 ナダチャディの、聖なる紐と共に
あの祭りの日から、もう一週間。
次の目的地へと進む旅路にて、光魔法の勉強のための本を読んでいたニコラは、ふと視線を上げて窓の外に映る空を見た。
変わり映えのしない澄んだ青を眺めて思い出すのは、やはりララと過ごした日々だった。
まず、楽しかった思い出に浸り、次に、元気かなとしんみりとした感情に浸るというお決まりの流れ。
そしていつものように、最後にチラリと自分の手首に視線を落とす。
右手首に付けた、ブレスレット。
これは、あのお祭りの日、別れ際にララがくれたものだ。
飾りのついた赤い紐で出来たこれは、土の国では神聖なアイテムなのだという。
再会するその日まで、互いの無事と幸運を祈って……と、お揃いで付けたものだった。
そっと、そのブレスレットを手首ごと、反対側の手で覆い握りしめる。
ララと過ごした思い出は胸の中にたくさんあるけれど、思い出の品といえるのはこれだけだ。
土の国からはもうずいぶんと離れてしまったけれども、手の中には、確かに繋がりがある。
ブレスレットにララの幸運と、いつの日か再会できることを祈った。
そうしていると、部屋にジリリリリ!! という、あの、けたたましい音が響き渡った。
集合の合図だ。
次の目的地に間もなく到着するのだろうと考えつつ、両手を開放して、音を発している装置のスイッチを切る。
私も、感傷的な気分はほどほどにして、そろそろ前を見ないとな。と小さくため息をつき、準備をして操縦室へと向かった。
「次が、もう最後の依頼ね。ここまで、依頼を受けてからおよそ半年……予想をはるかに上回るペースでペナルティをこなしているわ。みんな、協力ありがとう。もう間もなく私たちは、世界の中心に位置する草の国・フォレスティアの『
……聖域。
『始祖の乙女と七つの国』の絵本でも見た、始祖の乙女が初めてこの世界に降り立った土地とされている場所だ。
そのおとぎ話に出てくる場所が実在し、さらには今、自分がその場所に向かっているということに胸躍る。
だが、そんなニコラとは異なり、周囲の面々は何故だか微妙な顔をしていた。
「まあ、『聖域』についての説明は、私たち雷の国出身者には不要でしょうけど……」
これまでに比べて、いまいち盛り上がらない皆の様子を眺めながらアニーが言う。
ニコラには、どうして皆には説明不要なのか、そして、どうして皆微妙な表情をしているのか分からなかった。
少し前にいるロイドに視線を送ってみるけれど、彼は理由を知っているかのように澄ました顔をして前を見ている。
私だけなのかな? と、キョロキョロと周囲の様子を伺う。
すると、隣にいたエディと目が合った。
「まあ、ロイドとニコラは分からないよな。『聖域』は広大な草の国の中心に位置する、湖周辺の土地のことだ。その名の通り、
エディはロイドとニコラに軽く説明してくれた後、アニーに問いかけた。
こちらを見ていたアニーがこくりと頷く。
「その通りよ。依頼書によると、その聖域の湖のそばに、ある日突然、魔物と思しき死骸が見つかったみたい。魔物自体の調査と、さらに、その魔物が何故聖域に足を踏み入れることができたのか、そして、何故そこで死んだのかについての原因調査もしてほしいそうよ」
アニーが手元の依頼書を見ながらそう言う。
話を聞いていた皆は、依頼内容を聞いてさらに色々と逡巡しているようだ。
「聖域で魔物か……初めて聞くな。原因調査もあるし、これは少し時間がかかりそうだ」
「そうねえ。そもそも、どうして聖域に魔物が出没しないのか、原因が分かっていないからねえ……サンドラボルトに住む連中からしたら、フィールド調査もできるし、喉から出るほど欲しい機会でしょうに。それを、国を出た私たちが当たるなんて、何が起こるか分からないものねえ」
「聖域に足を踏み入れるのは、サンドラボルトの悲願だからね。まあ、僕たちも学者の端くれだし、何も思わないわけでもないけど……このことは、あまり口外しない方がいいだろうね。さもなければ、聞きつけた奴らからの電話が鳴り止まなくなるだろうし、下手したら恨まれる」
皆の発言を聞けば聞くほど、今回は今まで以上に大変な依頼なのだろうなと感じていた。
ただ、一つ、なおも分からないことがある。
「……どうして、そんなに雷の国の人たちは聖域に行きたがっているの?」
素朴な疑問だった。
聖域がとても魅力的な土地であるということは、ニコラでも分かる。
だが、聖域に行くことが雷の国の人々にとって
小さく呟いたつもりだったが、周りにいた皆が一斉にニコラの方を振り返る。
同時に、しんと静まり返ってしまった場に、あ、しまった。と、思っていると、前にいたアニーと目が合った。
「聖域はね、始祖の乙女が降り立った場所であると同時に、この世界を作る
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