51 信仰の旗印、祈りの乙女像に見る情勢
「それで、ニコラを遠ざけてまでしたい話というのは、一体何かしら?」
大人達だけが残されたノアラークの操縦室で、ニコラを見送ったシャリフ皇太子にアニーが問いかけた。
片手を上げて和やかに送り出したシャリフ皇太子の後ろ姿が一瞬固まり、ゆっくりとその手を下ろしていく。
「……アニー、君は昔から本当に鋭いね。まあ、今日から市井で祭りがあるのも本当だし、ララがニコラ嬢に会いたがっていたというのも本当だよ。ただ、そうだね……ニコラ嬢の保護者たる君たちには、伝えなくてはいけない情報が確かにあるかな」
そう言って振り向いたシャリフ皇太子の表情からは、これまでの穏やかさが消えていた。
皆が佇む操縦室の中心に戻り、ガルドが準備した椅子に座って、先ほどまで和やかに挨拶を交わしていたはずの旧友達と改めて向かい合う。
「あの日、西の塔に我々を案内した後、いつの間にか姿を消したシャールカ……彼女が過去の
そう言うと、シャリフ皇太子は
左側の服の袂を探って何かを取り出し、目の前に差し出してくる。
アニーは差し出された物を
それは、片手に納まるほどの大きさの、土で出来た
「……シャーリー、これ、どこで手に入れたの?」
二人のやりとりを黙って見ていたエリックが、横から口をはさんだ。
エリックの横にいたエディも、アニーの手の中の塑像を捉えて手で頭を押さえ、ため息をついている。
「さすが、裏に詳しいエリックとエディは既に知っていたか。これは、ナターシャが住んでいた、西の塔の本棚の奥にあったものだよ。彼女と接触できるのは父上と世話係のみだったから、十中八九、シャールカが持ち込んだものだろうね」
「……シャールカっていうのは確か、アニー達の話では、水の国出身だったか」
「その通りだよ。エディ」
「なるほどねぇ。ああ、きな臭いなぁ」
三人はそう言い合うと、何かに通じたかのように口を閉ざして黙り込む。
だが、彼ら以外の周囲にいる人間は、状況を理解できずにいるようだ。
「……ちょっと。三人で納得していないで、私達にも分かるように説明してくれるかしら?」
業を煮やしたアニーが言った。
渋い表情をしていたエリック、エディ、シャリフ皇太子の三人は、置いてきぼりになっていた周囲を振り返り、しまったという顔をして話し出す。
「ここ数年、裏社会では、とある組織の活動が各国で散見されるようになったんだよ。乙女信仰の
「乙女を頂点に
「……特に、我が国は各国よりも乙女の地位が低いから、彼らの標的となることが多くてね……そして我々の方でも調査していたところ、この過激派連中の拠点が
最後のシャリフ皇太子の言葉に、エディが「ああ、俺たちが持っている情報と同じだな」と言う。
「……ということは、シャールカはその乙女信仰の過激派の一員で、今回の蝗害の一件は、彼らの活動によるものだった、ということなのかしら?」
「恐らくは。シャールカも消えたし、彼女を世話係に推薦した人物も消えていた。素性も全てデタラメだったし、何もかもが後手に回っている。が、この像が出てきた以上、彼らが我が国の、かなり深くまで入り込んでいるのは間違いないだろう……頭が痛いよ」
そう言ってうな垂れるシャリフ皇太子の肩を、エリックがポンポンと軽く叩く。
アニーは三人から視線を外して、改めて手の中に納まる像を見た。
小さいけれども、細かい意匠が施された乙女の像。
両手を胸の前で組み、薄っすらと開いた目を見つめていると、思わず心が揺さぶられ、引き寄せられそうになる。
「この像も、持っていて心がざわつくというか……あまり良くない感じがするわね」
「そうか。我々には何も感じなかったが、この像もまた特別なのかもしれないね。ありがとう、少し調べてみるよ」
シャリフ皇太子はアニーから像を受け取り、再び懐に入れた。
「……水の国では、今、王族がニコラのことを血眼になって探しているわ。それも、もしかして、その過激派が少なからず関わっているのかしら?」
「さあてね。あそこはかなり王族達のプライドが高くて、他国に情報が洩れることを何より嫌う。過激派のことも、汚点として情報を攪乱させているくらいだ。水の国で今、一体何が起こっているのかは分からないが……まあ、近寄らないに越したことはないだろうね」
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