50 決意と共に、得た宝

「まぁ、では本格的に治癒師を目指すことにしたんですのね」


 あれから数日後、いつものように地下の公園で子ども達と遊んだ後、少し離れたベンチでひと休憩を取っていたニコラは、ララに治癒師として本格的に学ぶ決意をしたことを話した。

 二人の視線の先には破傷風から復活し、他の子ども達と同じように元気に遊び回るリュシカの姿がある。


「うん。今までは、自分にできることはこれしかなかったし、求められるまま流されて学んできたけど……病気に苦しむ人を、もっと助けたいと思ったんだ」


 リュシカを見つめるニコラの眼差しを横目に、ララは「そうですの……」と小さく答えた。

 数日前の出来事を思い出しているかのように、少し複雑な表情をしている。


「……あんなことがあったとは思えないくらいに、元気に遊んでますわねえ。魔法とは、本当に神の御業ですわ」


 遠い目をしてララは言う。

 リュシカの回復は通常では考えられないほど劇的で、魔法を知らない人からすれば、まさに奇跡としか言いようがないほどだった。

 

 だが、ニコラは知っている。

 魔法は奇跡ではなく、それゆえに術者の技量に左右されるものであるということを。


 今回の破傷風の治療にはリムーブ異物を取り除けデトックス毒を中和しろ、そしてヒール傷を癒せという初級魔法を組み合わせて行ったが、中級魔法のキュア健康な状態になれや、上級魔法のリカバリー完全な状態に戻れでも同じように治療できたのだと後でボブに言われて知った。

 しかも、キュアやリカバリーは病気に関する知識は必要なく、汎用的に使用できるらしい。


「医学では原因不明で治療ができないような病気でも、魔法なら治療ができるんだよ。という概念は、こと魔法には存在しないんだ」


 ノアラークの医務室に戻った後、リュシカの治療の振り返りを行っていたときにボブが言った。


 それは普段の、医学や魔法について目を輝かせている時とは違う、静かな声色だった。

 光魔法がもたらす希望と、その強い希望の光が生み出す深い闇の存在を、ボブから向けられる真剣な眼差しから感じ取る。


「……魔法は、傍から見れば万能だ。だけど、誰しもが魔法を使えるわけではなく、ましてや誰でも魔法の恩恵を受けられるわけでもない。魔法を使えることは、自分を守る武器であり、危険を招き寄せる餌でもあるんだ。特に、権力者であればあるほど、手に入れるためには手段を選ばない」


 ボブの言葉に、炎の国でアイディーンが言っていた言葉が脳裏をよぎる。

 

 光魔法への強い適性を持つ自分を、血眼ちまなこになって探しているという水の国の王族たち。

 彼らの目的は、一体何なのか……。


「治癒師としての訓練、特に光魔法の習得についてはこれまで同様、師匠として僕も全力でニコラをサポートするよ。ただ、本格的に治癒師を目指すというのなら……迫り来る危険からどうやって自分を守っていくのか、よくよく考えておいた方がいい」


 事の重大さを改めて認識し、ただ、コクリと頷くことしかできなかった。

 


 

「……わたくしは魔法のことはあまりよく分かりませんが、ニコラの選んだ道が色々な意味でとても難しいものであることは理解しているつもりですわ」


 ララはニコラの決意を聞いて少し考えるように沈黙した後、ポツリと言った。

 そして、グッと下唇を噛んだかと思えば、勢いよくこちらを振り向き、両手を胸の前で握って目を見ながら言葉を続ける。


「私は誰よりもニコラを応援しています。友達ですもの! だから……あまり根を詰めすぎずに、私ともちゃんと遊んでくださるんですのよ」


 真剣な……それでいて、隠し切れない心配と、柄にもない自分の発言を恥ずかしがるようなララの可愛らしい表情に、思わず肩の力が抜ける。

 そして二人は互いに見つめ合い、フッと微笑みあった。


「ともあれ、これでお互い夢見る者同士ですわ! これから頑張っていきますわよー!」


 隣でそう意気込むララの姿に、ニコラはやっと本当の友達になれたのだと、少し目頭が熱くなった気がした。


 

 ☫ ☫ ☫ 


 

 治癒師の訓練をし、ララとも遊ぶという日々を繰り返すうちに、あっという間に約束の三ヶ月が過ぎていった。


 取りこぼした卵からかえった飛蝗ばったは三ヶ月前に比べればほんの僅かで、鳥達による捕食でそのほとんどの数を減らすことができた。

 蝗害対策のために設営されていたテントのあった前線を撤去するとともに、再びノアラークを訪れたシャリフ皇太子が、書類に依頼完了のサインをしている。


「しかし、本当に良かったのかい? 蝗害収束への君達の貢献に、国王陛下が褒章をと仰っているのだけど……」


 サインを書き終え、書類をアニーに手渡しながらシャリフ皇太子が言った。


 明日、蝗害収束を祝う式典とパーティーが宮殿で行われるらしい。

 その案内状をシャリフ皇太子は手ずから持ってきてくれていたのだが、アニーは中身を見ることもなく、その場で破り捨てていた。

 

「参加もしないし、褒章なんていらないわ。どうせ足枷になるだけだもの。この国での依頼も完了したし、明日にでも次の依頼に向けて出発するつもりよ」

「そうか……名残惜しいけど、仕方ないね」


 アニーの返事は想定済みだったのか、シャリフ皇太子は少し残念そうな表情みせるも、やれやれといった様子で引き下がった。

 すぐに切り替えて、その場に集まる旧友たちと別れの挨拶を交わしていく。


 挨拶もひとしきり終わったところで、ふと、シャリフ皇太子と目が合った。


「ニコラ嬢、君にも世話になったね。そうそう、式典に先んじて今日から首都ではお祭りをやっているんだけど、ララがニコラ嬢と一緒に回りたがっていたよ。もし、今日これから時間があるならどうかな?」


 お祭りという単語と、ララの名前に思わず心が跳ねる。

 

 出発の準備のために、今日はもうボブとの訓練の予定もなかった。

 アニーの方を見ると、微笑みながら小さく頷いている。

 思わず表情がぱあっと綻んで、シャリフ皇太子の方に頷いて答えた。


「良かった、ララも喜ぶよ。今回の祭りでは屋台が並び、大道芸人も来るようだから楽しんでくると良いよ」

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