49 ようやく見つけた、私の生きる道

 ボブの投薬で痙攣は治まったものの、リュシカはなおも朧気おぼろげな目線でくうを見つめていた。

 リュシカの手を握り傍に寄り添う母親と、その母親の肩に手を置き、ニコラとボブのやり取りをじっと見つめていた父親の姿が視界に入る。

 

後弓反張こうきゅうはんちょうもあったし、おそらく破傷風菌と毒素は全身に広がっていることだろう。いいかい? 治療には原因の理解と治療法だけじゃなく、その順番も重要だ。よく考えて治療を行うんだよ」


 ボブが、リュシカと彼の両親を視界にとらえてたたずむニコラにそう言った。

 リュシカの両親のすがるような目線に責任の大きさを感じ、思わずゴクリと喉が鳴る。


 視線を落としてリュシカを見る。

 腰を屈めてまだ熱の残る小さな手を握り、目を閉じて静かに深く呼吸をした。

 

 そして、ボブからのアドバイスを頭の中で反芻はんすうし、鼻から大きく息を吸い込む。

 意を決したように目を開き、両掌りょうてのひらをリュシカにかざして言った。


リムーブ異物を取り除け!」


 手のひらから、淡い青白い光が溢れる。

 この小さなリュシカの体の中をうごめく小さな菌が、取り除かれていくイメージで丁寧にゆっくりと魔法を放つ。

 

 その変化は目には見えないけれど、体の中にいた何かが消え去っていく感覚を確かに感じた。

 同時に、リュシカの表情がピクリと歪む。


 全身をくまなく確認し、菌の存在を感じなくなったところで続けて言った。


デトックス毒を中和しろ!」


 唱えた瞬間、先ほどとは違う色の光が手のひらから溢れた。


 全身をめるように確認し、抜け漏れがないように神経をとがらせる。その範囲は、リムーブの時よりも広い。

 覆われた窓と閉塞した空間にこもる熱気で、次第に額に汗がにじんできた。

 

 体中の毒を中和し終えたところで、大きく息を吐いた。

 体内に残る魔力は十分なものの、最後の一仕事の前に切れそうな集中力を立て直すべく、手の甲で汗を拭いつつ何度か深呼吸を繰り返す。


 リュシカの顔色はまだ戻らないものの、苦痛に歪んでいた表情と体の強張りは、わずかに緩んだように感じた。

 視界の隅で、治療の一部始終を固唾を飲んで見守る両親の眼に光が戻っていくのも見える。

 

 わずかな休憩の後、最後の光魔法を唱えた。

 

「……ヒール傷を癒せ!!」


 手のひらから溢れた、黄緑がかった温かい光がリュシカの全身を包んだ。

 破傷風に傷ついた細胞が修復され、みるみるうちにリュシカは生気を取り戻していく。


 穏やかな光が徐々に消えていき、ニコラが手を下ろすと同時に、リュシカの指先がピクリと動いた。

 治療の間に、いつの間にか閉じていた瞼が揺れる。


「……かあ、さん……?」


 先ほどまで生死の境をさまよいかけていたリュシカが薄く瞼を開き、声を発した。

 その瞬間、リュシカの母親は嗚咽おえつを漏らしながら、力強くリュシカの身体を抱き寄せた。

 二人の後ろに佇む父親が大粒の涙を流し、こちらにやってきて、手を固く握って何度も何度も感謝の言葉を述べてくる。

 

 その手はずっと握りしめていたのか汗ばんでいたが、不思議と不快ではなかく、ニコラの心の中の欠けていた何かを満たすような心地良い温かさだった。

 家族の元へと戻り、喜びを嚙みしめる両親の姿と抱き合う三人の様子に、何かが込み上げてくる。

 

 同時に、緊張の糸がついに切れたのか、その場にへたりとしゃがみこんだ。

 駆け寄ってきたララが、そっとニコラの肩に手を置く。


「とても……立派でしたわ」


 そう労いの言葉をかけてくれたララの目は赤く、涙が浮かんでいた。

 まだ手に残る温かさと肩から伝わってくる温もりに、ニコラの中に何かが灯った感覚がする。


 今日感じた、冷えるような無力感と自分への憤り。

 そして、力を出しきった充足感に、向けられた感謝と温かさ……。

 

 今日という日を、きっと私は一生忘れないだろう。

 これが、自分がしたいことであり、すべきことなのだと、ニコラは心の中でそう強く確信した。

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