48 落ち込むよりも、前を見て
「これは、おそらく
地上に戻ったニコラとララは、ノアラークの医務室で、土の国に自生する薬草を検分していたボブに事の次第を伝え、急いでリュシカの家に来てもらうことに成功していた。
白衣のままで地下に降り立った肌の違う異邦人に、検問の人どころか住人達までもが
が、リュシカの家に着いて、この判断はやはり間違ってはいなかったとニコラは確信した。
ボブを呼ぶためにリュシカの家を離れた後、リュシカは死病の症状通りに痙攣を起こしていた。
三人が家に
そのあまりの様子に、ボブを連れてきたララとニコラは部屋の入り口で固まる。
足元が震えだすようだったが、ボブはそんな二人の間を素早くすり抜けていき、リュシカを押さえつけて持ってきていた薬を投与した。
母親は腰を抜かしたようにしゃがみ込み、場に
ニコラの横にいたララも、落ち着きを取り戻したリュシカの姿を見て膝から崩れ落ちた。
リュシカの母親はリュシカに
「さっきの
ボブはそう言いながら、着ていた白衣を脱いで窓に掛けた。外と遮断され、さらに室内が薄暗くなる。
リュシカに頬を寄せる母親を尻目に、ボブは淡々と持ってきていた薬を机の上に準備していく。
「大丈夫、この子は治るよ。破傷風は確かに、この国では死病と呼ばれて恐れられてきた病気ではあるけれど、サンドラボルトの学者の間で最近、原因菌も特定されて治療法も確立しつつあるんだ」
必要な薬を準備し終えたボブは、入り口でなおも
そして、目の前に歩み寄ってくる。
「ニコラ……破傷風は君が使える光魔法で治療可能な病気だ。君に足りなかったのは、病気の知識だけだ。この子の破傷風……君が治療するかい?」
いつも通り穏やかでいて、しかし医師としての顔がそこにはあった。
私は一度、諦めてしまった。私にできることはないのだと。
しかし、ボブは私でも治療できるという。
ゴクリと喉が鳴る。
「……ボブの治療と私の治療、どっちの方が助かる可能性が高いの……?」
やっと回りだした頭で、そうボブにそう尋ねた。
ニコラとボブの治療方法は異なる。
そうであるならば、与えられた汚名返上のチャンスに自分のエゴでしがみつくよりも、どちらがリュシカにとって最善かで決める方がいいと考えた。
「……そうだね、助かる可能性が高いのはおそらくニコラの治療の方だろう。医学における治療が確立されつつあるとはいえ、医学は光魔法ほど万能ではない」
「……それなら、私が治療してみるよ。この破傷風の原因と、私ができることについて教えてもらえる……?」
「もちろんいいよ。それが君の師匠である僕の役割だからね」
ボブはそう言うと、リュシカを診るにあたって最適な場所を明け渡すかのように、スッと
心配そうな表情を見せるララに少し視線を送り、小さく頷いて見せる。
そして促されるまま、先程までボブが立っていた場所まで歩み出た。
「さて、この破傷風だけど、土壌中に生息する『破傷風菌』が原因であることが分かっている。体内に侵入した破傷風菌が産出する神経毒と
少し握った拳を、口元に当てて考える。
「……破傷風菌を除去する治療と、神経毒や溶血毒を中和する治療……かな」
「そうだね。さらに、痛んだ細胞などを治癒する治療があれば完璧だ。では、ニコラが知っている中で、それらが可能な光魔法は?」
「……
「その通り!」
ニコラの答えに、ボブは満足そうにうなずいて小さく拍手を送った。
本当に、全部自分が知っている魔法だった。
知らなかったのは、この病気に対する知識だけで……それが致命的だった。
こんなの、武器を持っているのに戦い方を知らないのと一緒だ。
知識の足りない自分が恥ずかしいと思うとともに、憤りを感じてくる。
しかし、こうして自己嫌悪に陥ること、それがただの自己満足であるということも頭の片隅で理解していた。
そう、今すべきは自分を責めることではない。
目の前で苦しむリュシカを、まず解放してあげたい……!
「さあ、時間もない。さっそく実践してみようか」
その言葉に、ニコラは目の前でベッドに横たわるリュシカの方を見た。
今治してあげるからね、リュシカ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます