47 死病と絶望、そして希望

「あれ? この傷、ちゃんと魔法かけたのに、傷は塞がっても腫れが引いてないね」


 子ども達全員の傷の治療は終わっていた。

 そのあまりの効果に子ども達の興奮も冷めやらぬ雰囲気だったが、ニコラは一人の男の子の顔色が優れないことに気が付いて声をかけた。

 

 彼はしきりに、先ほど治療したばかりの膝を気にしていた。

 他の子と談笑していたララもその異変に気付き、こちらの方に寄ってくる。

 

「リュシカ、どうかしたのですか?」

「あ、ララ様……うーん、なんか、まだちょっと痛いなあと思って」

「……先ほどの傷は、一体いつできたものだったんですの?」

「あれは二,三日前に、家の外で転んだ時に出来た傷なんだ」


 リュシカはそう答えると、傷は塞がったものの赤みが戻ってきた膝に手を当てて、少し痛そうに顔をゆがめた。

 彼の足元に集まるネズミたちが、心配そうに髭をうなだれてリュシカの様子を見つめている。

 

「……やはり、まだ腫れているようですわね……ちなみに、この傷以外に違和感があるところとかはありませんの?」

「うーん、特には……あ、そういえば最近、少し体が動かしづらい……気がする? くらい」


 リュシカはそう言いながら、確かめるように少し身体を揺らした。

 身体が固い気がするというのを聞いて、そう言えば、リュシカの発言には舌が付いてきていないような……ほんの僅かではあるが、そんな違和感があるような気がする。


「動かしづらい、ですの……まあ、今日はもう遅いですし、少し様子を見てみましょう。リュシカ、わたくしたちは明日もここに来ますから、明日はリュシカも必ず顔を見せに来るのですよ。みんなも、もう遅いですし帰りますわよ」

「「はーい」」

 

 リュシカを含めた子ども達は元気よく返事をして、公園から離れてそれぞれ自分の家へと帰っていった。

 頭上に浮かぶ疑似太陽が、自身の放つ光を少しずつ落として夕方を告げている。

 

 ニコラとララも、子供たちが全員帰ったのを確認すると公園を後にした。

 上に戻るために地上へとつながる階段を登っていくが、その足取りはいつもより重く感じる。

 

 徐々に暗くなっていく地下と人気ひとけの少ない寂しい雰囲気に、ほんの少しの嫌な予感が漂うようだった。

 

 


 翌日、不安が的中してしまったのか、公園にリュシカの姿はなかった。

 

 公園に集まる子供たちも、今日はリュシカの姿を見ていないと口々に言う。

 ニコラはやはり胸騒ぎがして、子ども達やララにお願いして、リュシカの家を訪ねてみることにした。


 リュシカの家は、地下に広がる街の中でも、さらに奥まったところにあった。

 周囲はぎっちりと似たような住宅に囲まれ、疑似太陽の光もあまり届かず、少し薄暗さを感じる。

 

 ドアをノックしてみると、リュシカの母親らしき女性が出てきた。

 女性は、見知った子ども達とララの突然の来訪に驚いた様子だったが、その表情には少し疲れにじんでいる。


 ララが代表してリュシカの様子を窺うと、昨夜から熱が出てベッドで休んでいると言う。


 ……嫌な予感がした。


 お見舞いをしてもいいですか? と聞くも、母親は万が一、感染症か何かでララにうつってはいけないと遠慮する。

 しかし、ニコラとララは視線を交わし、そこを何とかと母親を押しきって家に入った。

 

 そこで見つけたのは、息絶え絶えにベッドに横たわるリュシカの姿だった。


 体は全体的に赤みを帯び、触れると熱い。

 身体にかけられていた布団を取ると、昨日よりさらに腫れた足があらわになった。


「これ、もしかして……なんじゃ……」


 リュシカの惨状を見て一同が静まり返る中、一緒についてきた子ども達の誰かがそう呟いた。

 その言葉を聞いた途端、ニコラの横にいたララは口元を手で押さえ、見る見るうちに顔が青ざめていく。


「ララ……死病って何?」

「死病は……この国でたまに見られる、ある病気のことですわ。発熱や痙攣などの症状が出て……一週間ほどで半数以上が命を落とす、恐ろしい病気ですの」

「そんなに……!? それじゃあ、今の状態ってとても危険なんじゃ……お医者様を呼んだりはしないの?」


 リュシカの苦し気な様子と死病の高い死亡率に、慌てて問いかけるがララの表情は暗い。

 ララは眉間に皺を寄せてグッと下唇を噛みしめ、下ろした手を握りしめながら言った。


「……ここには、医師はいないんですのよ……医師は全員、上に住んでいて……ここに住む人々は、病気になっても十分な医療を受けることができないのです。手に入るものと言えば、これまた上に住む薬師が作った薬を、さらに薄めたような粗悪品だけなのですわ」


 そう話すララの表情が、苦しむリュシカを目で捉えながら悔しそうにどんどん歪んでいく。

 少し瞳がうるんでいるように見えた。

 

「……それを抜きにしても、わが国ではいまだ死病の治療薬どころか原因もわかっていません。ただ、回復を祈ることしか……」

「そんな……」

 

 ララの言葉を聞いて、言葉を失う。

 ここには医師もいなく、死病の治療法もなく、原因もわからないという。


 原因が分からないと……

 

 光魔法は万能ではなかった。

 光魔法を使うには、病気の原因とそれに合った適切な魔法の知識、そして具体的な治療イメージが必要だ。

 今は、そのどれもが不足していた。


 こういう時のために、光魔法を勉強していたのではなかったのか……。

 

 こり治療専門とはいえ『治癒師』を名乗っているのに、目の前の苦しむ子どもに何もできない自分に絶望する。

 部屋は静まり返り、リュシカの荒い息遣いだけが耳に響いてくる。


「……唯一、出来ることと言えば、上に住む医師を連れてくることぐらいですが……ほとんど首長一族に囲われている彼らが、果たしてここまで来てくれるかどうか……」


 ララの力のない呟きが、耳に入った。

 ララはうな垂れているが……その言葉は、ニコラに一つの希望を抱かせるのに十分だった。


「……そうだよ、医師に来てもらえばいいんだよ! この国の医師でなくてもいい。ノアラークには! ララ、今すぐ上に戻るよ! ボブにここまで来てもらおう!」

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