SIDE 土の乙女・ナターシャ、その参

 シムーンがこのオアシスを襲いだしてから少しして、やはりシャリフはやってきた。


 夢の中で執拗しつように私が狙っていたオアシスは、ここだ。

 

 私は恐らく国を滅ぼそうとした謀反人むほんにんとして捕まり、処刑される。

 そう覚悟しつつも、初めてこの部屋を訪れる客に気丈に、そして優雅に振舞っていたのに、シャリフは「助けに来た」などとのたまった。


 今更どの口が言うのか。


 取り繕う気も話す気も失せて視線を外し、椅子に腰かける。

 いったい、何十年ここで待ち続けただろう。

 私の存在に気付いた誰かがやってきて、ここから連れ出してくれたら……と思わない日はなかった。


 今更来ても……もう遅い。


 どんなに綺麗ごとを並べても、私の人生が終わったことなんて火を見るより明らかだった。

 それよりも、もう、謀反人として処刑され、自由になりたい……。


 そう、やっとここから出られるんだ。

 そう気付いてしまえば、シャリフの手を取り生き永らえることは、もはや今以上の地獄でしかなかった。


 どうにかして逃げないと……と、チラッと扉の方を見る。

 扉の手前にはシャリフがいて、奥にも何人かいるようだった。


 なんとか気を引いて、道を開かないと。

 

 風が部屋に入ってくるのに乗じて、服に隠れた痣をさらしてみる。

 すると、シャリフは慌ててこちらに駆け寄ってきてくれた。

 

「父からの暴力に恨んで」などと頓珍漢とんちんかんなことを言っていたが、それはもういい。

 後は後ろにいた数人……と、シャリフの言葉に乗じて扉の方を見た。


 その時、私の視界に入ったのは、こちらに向かってくる何やら懐かしい感覚のする少女と、その後ろに着いてくる男女と、さらにその後ろで……。


 この部屋から逃げていく、シャールカの姿だった。

 こちらをチラリと見て……見たことがないような、他人の顔をして私の視界から消えていく。


「一生、そばにいる」

「何があっても、私はナターシャ様の味方」

 

 今まで繰り返し囁いてくれていた数々の言葉が、脳裏でこだまする。

 私の中の、シャールカへの絶対的な信頼が崩れる音がした。


 嘘だった。

 私はやはり、生まれてから今までずっと一人だった。

 

 そう自覚した瞬間、全てがどうでもよくなった。

 

 震えていた身体が止まる。

 落とされた言葉を払い、勢いよく扉の方を見る。

 目の前に広がる一直線に開けた扉への道が、輝いているようだった。


 私はその輝きを捉え、この人生での全てのしがらみを捨てて走り抜けた。


 シャリフお兄様、ここに来てくれて本当にありがとう。

 私はやっと、この世界から逃れることができる……!

 

 シムーンに遮られた視界と目をくらますような強い風に抱かれて、私は喜んで塔から飛び降りた。

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