SIDE 土の乙女・ナターシャ、その弐

 最初は、ただただ楽しかった。

 

 見上げる太陽。

 澄んだ青空に、奥まで続く果てしない砂漠。

 足元に広がる広大な草原。

 

 そこを私は自由に飛び回り、草や地面に抱かれ、心ゆくまで外の空気を満喫する。

 夢を見た日は一日中活力に満ち溢れ、清々しく過ごせるようで、この外の夢を私は毎日心待ちにしていた。

 

 ところが、日に日に夢の中で、自分以外の何かが周りに増えていった。

 だんだん窮屈に感じるようになってきて、だんだん食べ物もなくお腹が空くようになってきて……。


 私の体が突然変化した。

 

 とにかく体が熱くて、飢えていた。

 身体が軽くなり、遠くを見渡して食べ物のある方へ集団で押し寄せていく。その繰り返しになった。

 

 生きるか死ぬかの殺伐とした雰囲気に、私の心も荒んでいく。

 夢から目が覚めても、得体の知れない何かに捕まったような恐怖を感じるようになった。


 時間がたっても何も変わらない。

 むしろ、自分以外の何かは増え続け、飢えは加速し心が摩耗していく。

 

『もうあとは、遠くに見えるあの大きなオアシスに行くしかない……』

 

 そういう状況になった時、地面が揺れ、鳥がたくさん襲ってくるようになった。

 どんなに頑張ってオアシスに行こうとしても、いつも色々な邪魔が入ってたどり着けない。


 次第に、私は苛立ちを覚えるようになって、それは夢の中だけにとどまらず、日常生活にも影響していった。


 少し前まで、あんなにも心安らかに日々を過ごしていたのに……。

 何かに追われるような焦燥感を常に感じ、満たされず、些細なことでも苛立ちを感じるようになった。

 

 もう乗り越えたと思っていたのに、未だにたまにやってきて暴力を振るってくる父に再び怒りを感じる。

 そして何より、そんな父の姿を知らないであろう兄弟姉妹たちが、外で呑気に暮らしていると思うと理不尽さに嫉妬を募らせた。

 

 持て余す感情に、私は困惑もしていた。

 しかし、刺々しくなっていった私の態度にも、変わらずシャールカは私のすべてを受け入れてくれた。


 ……だから、私はこの激情に身を委ねてしまった。


 体の奥底から、何かがあふれてくる。

 抱える激情と共に、力がみなぎってくる。


 私の持てる全てで、あのオアシスに今度こそたどり着く……。

 そう思って夢から目覚めた日、砂漠地帯の奥から突然、爆発が起こり轟音が響いた。

 部屋の窓から爆発による粉塵が見え、その衝撃波に部屋がピシピシと軋んだ。

 

 その光景を見て……体の中で、何かがごっそりと減っていく感覚がした。

 

 膨れ上がった怒りや憎しみが、急激にしぼんでいく。

 同時に、冷や汗が流れてきた。


 ……まさか、は夢ではない?


 急に体が震えだしてきた。

 呼吸が浅くなり、目の前が暗くなってくる。

 

 ガタガタと震える私の体を、ずっと後ろで静かに見守っていたシャールカが優しく抱きしめた。

 そして、そっと、耳元で囁いた。


「何があろうと、私はあなたの味方です」


 その言葉を聞いて、私は気を失ってその場に倒れてしまった。


 身体がまた変わっていく感覚がする。

 減ったと思った怒りや憎しみが、少しずつ戻ってくる。


 太陽の温かい日差しと共に、外から何かが私の体に入ってくるようだった。


 今日が最後だと思った。


 いつも以上に鳥たちが邪魔をしてきて、地面が大きく裂け、そこで爆発が起こる。

 爆発が起こるたびに何かが減っていったが、私はそれらに気を取られずに、ずっと機会をうかがっていた。


 あの、爆発を起こしている少女……彼女が一番危険だ。

 

 彼女の集中が削がれて視線を外した時、チャンスだと思った。

 脚にすべてを集中させ、一直線に口を開けて飛んでいく。


 しかし、またしても鳥から妨害を受けた。

 

 本当に忌々いまいましい。

 そう思っていると、慌ててこちらに顔を出した人間に私の意識がすべて持っていかれた。

 

 これは私の兄弟。

 私が父から暴力を受け一人塔の中で過ごす間、私のことなど知らずに外で自由に生きてきた、私の兄。

 

 認識した瞬間から頭が沸騰するように憎しみが込み上げてきた。

 少女のことなど忘れて飛びかかってしまい……そこで目が覚めた。


 慌てて起き上がり、もつれそうになる足を叩いて窓に寄り外を見る。

 外では大きなシムーン砂嵐が起こり、こちらに徐々に向かってきているところだった。


 私はきっと、あの少女にやられたのだろう。

 そして、あそこにいた兄は、さと謀略ぼうりゃくけ、上の兄たちを蹴落として皇太子の座に就いたというだろう。


 私の存在に気付き、ここへやってくるのも時間の問題だろうと悟った。

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