44 嵐のあとの、新たな出会い

――どうして人は繰り返すのだろう……。


 満たされたその先にあるのは、どれも醜いものばかり。

 

 面倒を見られないからと捨てられていく赤子。

 逃げ出してきた女たち。

 当てもなく彷徨う、病気を抱えた人々。

 

 心と体に傷を抱え、毎日がひどく苦しいものであっても、手放さずに繰り返すのは何故なのか……。

 

 今日とは違う明日が、来たためしなんてない。

 いつもと同じ今日が終わり、明日になればまた同じ陽が昇る。


 ただ……たまに触れる指先が、手のひらに感じる体温が、心に何かをともらせる。

 

 このぬくもりに感じる意味を、私はこれからずっと考え続けていくのだろう……。



 ☸︎ ☸︎ ☸︎



 シムーン砂嵐が過ぎ去った翌日のオアシスは、嘘のように晴れていた。

 嵐が過ぎ去った後の、相変わらず突き刺すような、それでいてどこか爽やかな日差しにニコラは思わず目を細める。

 

 シムーンが過ぎた後、再び訪れたブロア砂漠は飛蝗バッタの死骸であふれていた。

 そのどれもが水分が抜かれたように乾き、風が吹くたびにカサカサと音を立てて揺れている。

 

 蝗害こうがいは一旦終息したが、バッタの一世代はおよそ三カ月だ。

 ニコラたちは地中に残された卵を取り除く手伝いをするとともに、次の孵化ふかで新たに発生するバッタを駆除するまで土の国に滞在することとなった。


 飛蝗の駆除に使用した殺虫剤は、鳥類に対する毒性は弱いものの魚類に対する毒性は高い。

 そのため、土魔法で砂ごと固めて海に沈めるといったような荒業あらぎょうはできず、地下で生活する人々の協力も得て手作業で駆除していくほかなかった。


 色々な後処理に忙しそうなアニーやシャリフ皇太子とは対照的に、ニコラは手持無沙汰てもちぶたさであったので卵の回収を手伝うことにした。

 日よけの布をまとい、かごを持って無心で卵を拾っていく。


 が、ふと考えてしまうのは、ナターシャ王女のことだった。

 

 王女の言動とその死は、ニコラの心に大きな爪痕つめあとを残していた。

 ニコラはこれまでの人生を、ただ漫然まんぜんと過ごしていたのではないかと振り返る。

 

 幸いなことに良い人たちに囲まれ、与えられるがままに過ごす日々……。


 それは確かに価値ある日々だったけれども、私がこの人生でやりたいことや生きる意義とは、何なのだろうか。と考えずにはいられなかった。

 ただ目的もなく流されて生きるだけであれば、自分とナターシャ王女にどんな違いがあるのだろう……?

 

 卵を回収する手元に落ちる影が、自分の中にあるべき指針をくらませるようで……。

 影が濃くなるごとに、心の中に不安がつのっていく。


「精が出ますわね」


 ふと隣から聞こえた声に、意識が戻る。

 慌てて振り向けば、いつの間にか隣に少女がいた。

 

 少女は同じように膝を抱えて座り、黙々と卵を回収していく様子をつぶさに観察していた。

 驚いて口をパクパクとさせていると、少女は少し意地悪な笑顔をこちらに向けながら膝に手をついて立ち上がる。

 

 自分よりほんの少し年上くらいで、艶めく黒い長髪に黄金で縁取られた白い布を纏い、周囲に大小さまざまな蝶が舞う可憐な少女だった。


わたくしは、ソラヤー・エラ・サワンティ。どうぞ、と呼んでくださいね、ニコラ」


 ララはそう言って、まるで花がほころぶような笑顔を向けてきた。

 そして不意に、地面に座ったままで驚きの表情をなおも浮かべるニコラの顔をのぞき込む。

 

「あのシャリフ兄さまからお願いされるなんて何事かと思いましたが、確かにこれは私向けの案件ですわね……ニコラ、あなた少々お時間あるかしら? 一緒に、地下にもぐりませんこと?」



 ☫ ☫ ☫


 

 土の国・ロックドロウには、他国にはない特徴がいくつかある。

 そのうち最も有名なものが、地上のオアシスをはるかにしのぐ大きさの街がことだった。


 グラウンドヴェルグ。


 そう呼ばれる巨大な地下空間は、上空にある疑似太陽に照らされ、住宅や市場、広場など、ここが地下であるという一点さえ除けば、本当にごく一般的な街と同じようだった。

 ところどころに見られる黄色と、地上では巡り合わなかった沢山の青色の衣が、砂漠の砂を固めらて作られた薄褐色の建物の壁に良く映える。


「すごい……こんな空間が地下に広がっていたなんて……」


 地上と地下を繋ぐ長い階段の途中で、ニコラは街全体を見下ろしながら思わずそう呟いた。

 横では、先ほど砂漠で出会ったララが、その時着ていたものとは違う薄汚れた白い布を纏い、ニコラの様子を眺めて顔を綻ばせていた。


 「ふふふ。驚きましたか? こここそが、ロックドロウの宝なのだと私は考えているのですよ。ニコラには特別に、私の宝をお見せいたしますわ」


 ララはそう言うと、壮大な街並みを茫然と眺めるニコラの手を取り、軽やかに階段を下って行った。

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