42 隠された王女、ナターシャ

 シャリフ皇太子とニコラ、アニー、そしてテッドの四人は、宮殿の奥の奥を進んでいた。

 四人の少し前を、シャールカと呼ばれる女性がランタンを手に歩いている。

 

 先ほどまでいた謁見の間を出て、廊下を何度か曲がった突き当り。

 重たいカーテンの奥にあったのは、その奥にさらに暗闇を隠す石造りの階段だった。

 進む先に明かりはなく、シャールカが手元に持つランタンだけが周囲をうっすらと照らしている。

 

 彼女はこの宮殿で働いていることを示すお仕着しきせを身に纏っていた。

 土の国では珍しい金髪に、ランタンから漏れた明かりの揺らめきがチラチラと反射している。

 

「……私はシャールカと申します。あの西の塔で、のお世話係兼教育係として仕えております……金髪が珍しいでしょうか。私は、元々は水の国出身なのですよ」


 シャールカはそう言うと、チラリとニコラの方を見た気がした。

 彼女の奥から覗く暗闇に、みんなのカツーンカツーンと響く足音が飲まれていく。


 長く続く通路の先に、木でできた扉があった。

 

 シャールカは胸元から鍵を取り出し、鍵穴に刺す。

 ギーーーという不快な音と共に開け広げられた扉の先はさらに暗い。

 シャールカの手元のランタンからわずかに漏れる光が、うっすらと中の階段の存在を示していた。

 

 そのまま中に入り、階段を登っていく。 

 ここはおそらくもう、塔の内部なのだろう。

 上方にある窓から、薄暗い光と共にシムーンの吹き荒れる風が入ってきていた。


 階段を登りきると、そこには先程の木製の扉とは打って変わって、金属製の重い扉があった。

 鍵が何重にも閉められている。

 

 シャールカが今後はいくつも束になった鍵を取り出し、一つ一つ順番に開錠していく。

 後ろにある窓からシムーンの激しい砂埃が入り、みんなの髪や服をバサバサと揺らしていた。


 ガチャンと最後の鍵が開く。

 一瞬、シャールカは動きを止め、ドアの取っ手に手をかけたままこちらを振り向いた。


「この先にナターシャ様がいらっしゃいます。どうぞ、お入りください」


 シャールカはそう言ってうやうやしくお辞儀をしながら、その金属製の扉をゆっくりと開けた。



 ☫ ☫ ☫

 


「……初めまして、お兄様。私、ナターシャと申します」


 重々しい扉が開かれた先の空間に、その少女はいた。


 ナターシャは、先頭に立つシャリフ皇太子の方を見やると優雅に頭を下げ礼をしてくる。

 扉から入ってくる荒れた風が、お辞儀をするナターシャの黒い服と、腰まである美しい黒髪を揺らした。

 

 挨拶を終え、ナターシャがゆっくりと頭を上げる。

 輝く黒水晶のような瞳がこちらを見つめる。


「ようやく、私を殺しに来てくださったのですか?」


 その表情は歓喜に満ち、一方で、言葉にできないようなあやしさをまとっていた。


「……殺しに、だと? 何を言う。私はナターシャ、君を助けに来たんだ」


 ナターシャから発せられた予期せぬ言葉に、思わずシャリフ皇太子はそう言った。

 両手を広げて敵意のないことを示し、部屋の中へと一歩踏み出す。

 

 しかし、そのシャリフ皇太子の言葉を聞いて、先ほどまで優美な笑顔を貼り付けていたナターシャの表情が、スコーンと抜け落ちたかのように無表情なものへと変わった。

 予期せぬ反応に驚くシャリフ皇太子とナターシャはお互い無言で見つめ合い、微妙に気まずい雰囲気が流れ始める。


 固まるシャリフ皇太子の背後から見える部屋の内部は、まるで囚人に対するもののようだった。

 

 この宮殿内の至る所で見たような、輝くばかりの調度品はここには何一つ存在していなかった。

 壁がむき出しの部屋。その中にあるのは、ベッドやテーブル、椅子、クローゼットといった質素で最低限の調度品に、何冊かの本とティーセットといった僅かな物のみ。

 

 また、部屋の上部に設けられた採光用と思われるガラス窓には、全て外から鉄格子がはめられていた。

 あそこに格子をはめる理由なんて、以外に思いつかない。

 

 ニコラたちの視線の先、ナターシャ王女の奥にある、この部屋で唯一の大きな窓も、おそらくシムーンのために戸が閉められていたために確認できないものの、同じように格子がはめられているのだろうということは容易に想像がついた。

 

 よくよく見てみると、この入り口には開けて入ってきた重厚な金属製の扉の他に、下がわずかに空いた格子扉があり二重で扉を閉めることができるようだ。

 

 至るところに、ナターシャが監禁されているという事実が、隠されることもなくあらわとなっている。

 この閉ざされた部屋から出ることもできず、どれほど長い時をひとりで過ごしていたのだろう……。

 その生活を思うと、ニコラは少し胸が痛かった。

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