37 乙女たちの、願いは

「……あなたたちが、この蝗害に協力する者達なのか?」


 ニコラのアニーの二人を見て何やら思案していたヴラスタが、やっと言葉を発した。

 先ほどまでの無作法な態度は消え失せ、少し混乱しながら、それでいてこちらを探るように問いかけてくる。


「ええ、私たちは雷の国出身の冒険者よ。私はアニー。後ろにいるのが、ヘインズとテッド、そしてニコラよ。どうぞ、よろしく」


 アニーがそう朗らかに挨拶すると、ヴラスタは再びニコラに視線を向けて「ニコラ……」と神妙な顔で小さく呟いていた。

 初対面ではあるが、やはりどう考えてもヴラスタの様子がおかしい。

 

 一行がヴラスタの様子を窺う。

 すると、アニーとニコラを交互に見ながら少し考えている様子だったヴラスタが、再び言葉を発した。

 

「……あなたたちは、この皇太子を信頼しているのか? 確かに、この皇太子はこの国では珍しく私たちに礼節を持って接してくれる。だが、わざわざあなたたちが協力するほどの者なのか?」


 唐突な質問だった。


 今回、私たちが土の乙女のテントを訪れた目的は、作戦への協力の要請と挨拶だった。

 しかし、それに応じるだけでいいはずのヴラスタの発する言葉は、シャリフ皇太子の信用を確かめるような、そして何か言いたいことがあるような、そんな雰囲気を含んでいた。

 

「……ええ、私たちはシャリフ皇太子のことを心から信頼しているわ。元々学友であったというのもあるけれど、彼は昔からとても誠実で誰であっても決して人をないがしろにしないし、皇太子となった今では、土の国の民とこの国の行く末を誰よりも真剣に想っていると確信しているわ」


 アニーがヴラスタからの問いを同じように察したのか、真剣な表情で返す。


 ヴラスタはアニーの言葉を受けて少し俯いた後、今度は意を決したような表情をしてこちらに顔を向けた。

 そして、立っていたテントの入り口付近から移動して、少し離れて眼下に望む飛蝗共の黒い影を眺める。

 

「……あの飛蝗共を操っているのは、おそらく、私たちと同じ土の国の乙女だ。それも、『女王』とも呼べるほど、私達と比べても圧倒的な魔力を有している。正直、女王の関与については、この地に着き、初めてこの目で飛蝗共を確認したときから気づいていた。何故だかは分からないのだが、乙女同士はお互いに通ずるところがある」


 ヴラスタはようやくそう言うと、こちらを向いた。

 その視線はシャリフ皇太子と、その後にニコラを捕え、一瞬、アニーの方にもチラリと視線を送ったような気がした。


 その後、再びヴラスタは飛蝗共の方角を向いた。

 明け方の薄明かりに、徐々に姿を現す黒き悪魔を見ながら言葉を続ける。

 

「最初は我らの女王が、この国での現状を憂いていよいよ行動したのだと思った。私達も色々思うところがあったから、契約のためにお前達に最低限の協力はしつつも、できるだけ女王の意向に沿うように行動していた。だが、飛蝗共が徐々に魔物化していく中で、女王がこの国に抱いているのは憂いではなくなんだと気付いた」


 ニコラの目に映るのは、ヴラスタの後ろ姿だった。

 それでも、ヴラスタは少し肩を震わせて、悲しみを押し殺しているのを感じていた。

 

「……お前たちには聞こえないだろう? 魔物化した飛蝗共の鳴き声に乗る女王の怨嗟えんさの声が。女王の恨みは、あの悪魔共によってこの国を喰らい尽くすまで消えない……果たして、このまま女王の意思を支え続けることが女王のためになるのか、分からなくなっていたんだ……」


 ヴラスタの言葉がだんだん沈んでいく。

 土の乙女たちの中でも特に『女王』と呼ばれるものの存在にも驚いたが、その『女王』が土の国を恨み滅ぼそうとしている事実に、一同は驚愕して声が出なかった。


 その場に静寂が流れる。


 気が付けば、テントの中からこちらの様子を覗く無数の目があった。

 そのどれもが、ヴラスタと同じ気持ちなのか暗く、悲痛な思いを胸に抱いているようだった。

 

「お前たちの作戦に協力する。だから……どうか、我らが女王を救ってくれないか」


 場の静寂を破ってヴラスタがそう言ったとき、水平線から陽が昇り始た。

 朝日が一同を照らす。

 

 眩しさに思わず目を細めた視界の先では、太陽の光を受けた黒き悪魔たちがその全容を晒し、ゆっくりと活動を再開しはじめていた。

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