38 ブロア砂漠における害虫駆除、その壱

「まずは作戦通り飛蝗バッタ共を減らしていこう。『女王』については一旦、私に預からせて欲しい。少し、心当たりがある……」


 ヴラスタとの話しの後、シャリフ皇太子は自身のテントに一緒に戻ってきた五人に対しそう言った。

 

 昨夜ノアラークでも話が出ていた『過去の記録を消して蝗害の被害を拡大させた者』と『飛蝗共を操って土の国を壊滅的な危機に陥れようとしている者』のうち、早速、後者について手がかりを得たという状況だった。


 しかし、それは予想していた後継者争いの関係者ではなかった。

 動機は確かにあるものの今回は無関係だと思っていた土の乙女が犯人であることに、ニコラはまるで頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。


 そしてそれはニコラだけでなく、一緒にその話を聞いていたノアラークの面々や、シャリフ皇太子も同様のようだった。

 ヴラスタの話を聞いて以降、テントに辿りつくまでの道中に会話はなく、シャリフ皇太子の表情も暗く色々逡巡しているように見えた。


 テントに到着したあと、少しの休憩をはさんだ一行は『女王』のことはシャリフ皇太子に任せ、ひとまずは目の前の飛蝗共に集中しようと、それぞれの気持ちを立て直して本日の作戦について再確認していった。


「飛蝗共の西端に、昨日のニコラ嬢のエクスプロージョン爆発しろと同程度の大きさで、土の乙女たちの土魔法によってすり鉢状の地形を作る。そこにキールを先頭に鳥達によって飛蝗共を追い込んでいき、一気にニコラ嬢のエクスプロージョンで爆発させていく。確認だが、あの規模のエクスプロージョンは何発ほど放てるかな?」


「おそらく、五,六発くらいかと……」


「十分すぎるね。飛蝗共を少しでも弱らせるために、上空から殺虫剤も撒くよ。今日で決める。出し惜しみはなしだ」


 作戦の開始は、太陽が昇りきる正午頃に決まった。


 この時期、ブロア砂漠では砂嵐が発生することがある。

 特に、この日は快晴だったためにそのリスクも多少あった。


 しかし、昼頃は風も少なく、遠くの異変も察知しやすいとして作戦を決行することになった。

 もちろん、その背景には飛蝗との攻防がもはや限界に近く、一時も早く危機を脱したかったというのもある。


 だが、現状に危機感を募らせていたのは、人間側だけではなかった。

 

 いつもであれば、日が昇り切り体が温まれば集団を成してこちらに侵攻してくる飛蝗共が、今日はいやに静かだった。

 

 人々は不審に思いながらも、それぞれの役割や連携といった作戦内容の確認に意識が割かれ、今日で終わることへの高揚感から浮足立ち、結果として飛蝗たちの間で起こっていた異変に気が付かなかった。


 太陽が直上に差し掛かり、作戦開始もいよいよといった頃に、土の乙女達が彼女たちのテントから作戦本部となる前線のテントに移動してきた。


 全員が黒い布を全身に纏い、それぞれがパートナーであるオオトカゲたちを引き連れている。

 その光景はまさに異様で、周囲に集まっていた人々も彼女達の訪れとともにサーと波が引くように遠ざかっていった。

 

 先頭を歩いていた土の乙女がシャリフ皇太子の目前まで歩み寄り、頭を覆っていた布を取り顔を現した。

 

 その乙女は今朝会ったヴラスタその人であったが、表情は青ざめ、よく見ると体が小刻みに震えている。

 心なしか、足元のオオトカゲも尻尾がうな垂れて何かに怯えているように見えた。

 

 あまりの様子に、シャリフ皇太子も周囲の者達もヴラスタの様子を心配した様子で窺う。

 すると、ヴラスタがようやく、震える声を振り絞るようにして言った。


「今日で終わりだ……私達は女王の逆鱗に触れた……」


 その瞬間、飛蝗共の集団の方からギチギチギチギチという不気味な音が大音量で聞こえてきた。

 その音に、ヴラスタを含めた土の乙女たちが地面にしゃがみこむ。

 

 慌ててテッドが望遠鏡を持ち出し、テントから出て飛蝗の集団を確認した。


「おいおいおいおい……飛蝗共の過半数が魔物化してるぞ! しかも中心に、ひときわデカいヤツがいる!」


「なっ……昨日の爆発で、こちらの思惑が伝わってしまったのか!? 急がなければ、この防衛ラインが抜けられてしまう! ~~~~これより、作戦を決行する!」


 シャリフ皇太子がそう言うと、肩に止まっていたキールが羽ばたき、勢いよく外に飛び出していった。


 同時に、首都に住む首長一族やその他族長一族達などからかき集めたという、数千羽に及ぶ鳥達が一斉に飛び立つ。

 鳥達はいくつかの集団に分かれて飛蝗共の周りを旋回し、動き始めようとする飛蝗共の動きを制限するように隊列を組んで飛び回っていた。


 シャリフ皇太子は鳥達の出陣を確認した後、地面にへたり込んでいたヴラスタの方に視線を向けた。

 落ち着かせるようにして肩を抱き、ヴラスタの手を取って目を見つめながら言う。


「……いずれにしても、今日この時がこの国の分岐点だ。私はこの国も、あなたたちの女王も救いたい。どうか、力を貸してくれないか。」


「……ああ」と、まだ飛蝗への恐怖は消えていなさそうではあるものの、ヴラスタの目に再び光が宿る。

 ヴラスタは何度か深呼吸をして立ち上がると、後ろで同じように地面に手をついていた土の乙女達の背中をさすって起こし、前線に向かっていった。


 作戦本部のあるテントの少し先に、土の乙女達の黒い集団が横並びになっているのが見えた。

 彼女達の足元には、それぞれのオオトカゲ達がその体をねじらせてまとわりついている。


 ヴラスタもそこに合流していく。

 全部で十二,三人ほど集まった土の乙女達は、魔力を集中させるような様子を見せた後、いっせいに両手を飛蝗の集団の方に向けて言った。

 

「「「グランドクラック大地よ裂けろ」」」


 その瞬間、ズーーーーン!! という振動と砂煙と共に、飛蝗共の集団の西端の地面が大きく裂け、そこにいた飛蝗共は裂け目に飲み込まれるように沈んでいった。

 アニーの合図により、上空を浮遊していたノアラークから白い殺虫剤の霧が散布され始める。

 

 土の乙女達の土魔法が作戦通り成功したのを確認したシャリフ皇太子が、今度はニコラに視線を向けてくる。

 シャリフ皇太子と目が合い、静かにコクンと頷いて見せる。


 テントから少し歩を進めて、戦場の全体像を眺める。

 なおも地面の割れ目でもがいている飛蝗達の方に手をかざし、体内の魔力を集中させて言った。


エクスプロージョン爆発しろ!」


 魔法は狙い通り、土の乙女達が作り出したすり鉢状の地形で発現した。

 ドーーーン! という轟音と光と共に、その場にいた飛蝗達が吹き飛んでいく。

 

 爆炎が落ち着いたころ、あらわになったぽっかりと空いた地面に、息つぐ暇もなく鳥達が次々と周囲の飛蝗共を追い込み、突き落としていくのが見えた。

 土の乙女達も、その場所から飛蝗共が逃げ出さないよう、次々と土魔法を発現させて微妙に地形を変化させているようだ。


 ある程度、飛蝗共が穴に落ちたのを確認し、ニコラはまた二回目のエクスプロージョン爆発しろを放った。

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