36 土の乙女と、国民との違い
「土の乙女達は、私たちのテントのあるエリアから少し離れたところにいる。彼女たちの協力を得るために、確かに今一度、彼女たちの元を訪れる必要があるんだが……本当に一緒に来るのかい?」
まだ夜も明けきらぬ早朝、シャリフ皇太子とガルド、そこにアニー、ヘインズ、テッド、ニコラを含めた六人は、土の乙女たちがいるというテントに向かって歩いていた。
昨日、浮遊するノアラークの中で、シャーリーとかつての学友たちは今現在それぞれが有する各分野の専門性を遺憾なく発揮し、話し合いの末、今回の蝗害に対する作戦を決定していた。
その作戦とは、まさに総力戦と言える内容で、土の乙女たちの土魔法による地形変化ですり鉢状にした土地に鳥たちによる誘導で飛蝗共を追い込み、ニコラの
爆発から逃れたもののために、上空から殺虫剤も撒くという徹底ぶりだ。
驚くべきことに、シャーリーは殺虫剤や生物農薬の存在について知らなかった。
どうやら、今回の蝗害に関して調査を依頼したという雷の国の研究者は、宮殿で働く土の国外の出身者の伝手を辿ったということだったが、生物学、それも飛蝗が類する昆虫類ではなく哺乳類が専門であり、蝗害対策について研究している農学や化学のことはあまり知らなかったようだ。
「もっと早く殺虫剤や生物農薬を知っていれば……」とシャーリーは非常に悔しがっていたが、それらの薬は基本的に雷の国の研究者に依頼して作成してもらう他ない。
土の国に届くのには数年かかっていただろうから、現状は変わらなかっただろうと皆に慰められていた。
なお、今回使用する殺虫剤はヘインズと、化学が専門のクリスで依頼を受けたときから準備していたものだ。
生物農薬の方も一応準備はしていたが、影響が計り知れないからと今回は殺虫剤のみの使用となった。
☫ ☫ ☫
明け方の砂漠は、昼とはうって変わって寒かった。サリーが用意してくれていた防寒着が二コラの体を温かく包む。
作戦会議の後、地形変化の要となる土の乙女たちの協力を得られるよう、シャリフ皇太子たちは明朝ノアラークから降りたらそのままの足で話をしに行くということだったが、それを聞いたアニーが「今回の作戦に参加している者として一言、土の乙女たちに挨拶がしたい」と言い出していた。
「土の国では乙女達は『不可触民』とされ、土の国の民達は彼女達と接触するのを極端に嫌う。だから、土の乙女達に話があるときは手紙をイーヨやキールに届けてもらうか、周囲に気付かれないよう暗いうちにガルドと二人で彼女達の元を訪れていた。あれが、彼女達がいるテントだよ」
シャリフ皇太子の話す口から出る吐息が空気を白く霞ませる。
その先に、シャリフ皇太子のテントよりも少し小さく、そしてだいぶ質素なテントが目に入った。
もう、中の人々は起きているのだろうか、テントの中に明かりが付いているのが見える。
テントの前に辿りつき、ガルドが入り口で声をかけた。
少しして声掛けに応じる声が聞こえたと思ったら、テントから出てきたのは黒髪をふたつに三つ編みにし、防寒着の上に真っ黒な布を全身に纏う女性だった。
「またあんたたちか。できるだけこちらに接触してこないで欲しいとこの前言ったはずだが……しかも、こんな明け方に一体何の用だ」
女性は渋々といった様子でテントから出てきた後、入り口そばで声をかけてきたガルドと、正面に立つシャリフ皇太子を一瞥しながら言い放った。
仮にも土の国の皇太子に向けられた不躾な女性の態度にビックリしたものの、ニコラたちを置いて話を続ける三人は特に気にしていないようだ。
「ヴラスタ嬢、こんな時間に訪問してしまって申し訳ないね。聞き及んでいるだろうが、今回の蝗害に協力しくれる者達が昨日到着してね。作戦を立てたのであなたたちの協力を仰ぎに来たのと、その者達があなたたちに一言挨拶をしたいそうでね。受けてくれるかい?」
「はあ……わざわざそんなことのために来たのか。前にも言った通り、私達はあんたたちに協力をすることで食料をもらえる契約になっているから、いちいち同意を得に来なくてもいい。私達のできる範囲で指示通りに動いてやる。あと、私達に挨拶したいって言う変わり者はどこのどいつだ?」
ヴラスタはそう言ってシャリフ皇太子やガルドから視線をそらし、シャリフ皇太子の後ろに控えていたアニー達の方を見やった。
ヴラスタはいかにも、やれやれといった表情で一人一人を一瞥していくが、最後部にいたテッドのあと、一段低いところにいたニコラを見るなりヴラスタは目を見開いて硬直した。
その様子に不審に思った全員がニコラの方を振り向く。
「……知り合い?」とアニーに聞かれたが、全く記憶になかった。
少ししてやっとヴラスタの視線がニコラから移動したかと思ったら、再度アニーを見たヴラスタがまたギョッとしたような表情を浮かべた。
アニーも、ヘインズから知り合いなのかと聞かれていたが、心当たりがないような様子だった。
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