35 土の国・ロックドロウの、闇
「どこでこの話をしようかと思案していたんだが、ロイド君の存在は正直、渡りに船だったかな。これからの話は国民に聞かれるとマズい内容だからね」
シャリフ皇太子はそう言って、発言に訝しむノアラークの面々の反応を確認しながら操縦室の前方へと歩を進めていった。
操縦席の椅子を回転させ、皆の方を向いて座る。
こちらを振り向いたシャリフ皇太子は疲れた様子を隠すことなく、ため息をつき、少し眉を下げ困っているかのようにも見える。
その雰囲気は、先ほどのテントの中で見られた『シャリフ皇太子』のものとは違っていた。
これが恐らく、心から信頼している友にのみ見せる『シャーリー』の姿なのだろう。
十年たっても変わらぬ絶対的な信頼関係が、今もなお存在しているようだった。
「一昨年の大雨とそれによる
シャーリーが、重い口を開き語り始める。
「まず、初期段階の大量繁殖の危険性に気付かず放置してしまったこと。そして、気付いた後も対策を講じるのが遅れてしまったこと。何より、大雨後の蝗害の発生を予期する機会を奪われたことに気付かなかったことだ」
シャーリーは、眉間にしわを寄せ、いかにも苦々しいといったような表情をしながら言う。
操縦室の入り口で立っているガルドも、同じように沈痛な面持ちをしていた。
「一昨年の大雨、この規模の大雨は確かに数百年ぶりではあったけど、同規模の大雨は過去にも何度か起きていて、それらは確かに記録として記されていた。この国の環境は建国以来、大きく変わっていない。過去の大雨でも、程度の差はあれど確実に蝗害が発生していたはずだ。しかし、大雨に見舞われたという事実だけが残されていて、その後の影響だったりといった部分が故意に消された形跡があった」
ここまで一息に話して、シャーリーは小さくため息をついた。
サリーが水の入ったコップを差し出す。
シャーリーは軽くお礼をしたものの、コップを両手に握りしめ、映る水面に視線を落とす。
「……ひとたび蝗害が発生すれば、国は壊滅的な被害を受ける。飛蝗に荒らされて日常生活が破壊され、食糧不足によって命の危機にさらされれば、限界を迎えた国民たちが反乱を起こすことも現実味を帯びてくるだろうね」
既に、地上の穀物地帯は飛蝗に荒らされている。
だが、幸いなことに土の国は地下にも街が築かれていて、そこに地上の作物を備蓄していたり、地下でもイモなどの農作物を育てたりしていたために、まだ飢餓に瀕する者は出ていなかった。
地上で暮らすのは首長一族など限られた一部の人間のみで、国民の大多数がそもそも地下で生活していたのもあり、国民の中には、蝗害が発生していることすら知らない者も存在している。
「あと、もう一つ俺が引っかかっているのは、この飛蝗の行動に誰かの意思が入っていないかということだ。みんなも知っての通り、土魔法の適性持ちは様々な生き物をパートナーとして心を通わせ、操ることができる。それはもちろん、飛蝗も例外じゃない」
シャーリーはそう言いながら、自身の肩に止まるキールと、ニコラの頭に止まるイーヨに視線を向けた。
パートナーたちを見てフッと一瞬、顔の緊張が解かれてように見えたシャーリーだったが、再び視線を落とし言葉を続ける。
「……ちなみに、飛蝗が魔物化し始めているのはもう見たかな? この国以外では知られていないことだけど、人間のパートナーとして意思疎通できる生き物たちは精霊たちの影響を受けやすく、また魔物化もしやすいということがこの国では周知の事実として知られている……」
「……つまり、今回の蝗害には、意図的に過去の蝗害の記録を消して被害の拡大を企てた者と、飛蝗を操って国を危機的状況に陥れている者がいるってこと?」
話を大人しく聞いていたエリックが、シャーリーに向かってそう問いかけた。
シャーリーはその言葉に、下唇を噛みしめながら静かに
「その通りだよ。過去の記録は、首都の宮殿で厳重に保管されている。そして、飛蝗などの空を飛ぶ生き物と心を通わせることができるのは主に首長一族と、一部のその他族長一族のみだ。彼らは全員、地上のオアシスで暮らしている」
この話を地上で出来ないわけだ。
動物たちの目もある土の国では、内緒話をすることは他の国に比べて難しいことだろう。
空を飛ぶような行動範囲の広い生物と、心を通わせられるならなおさらだ。
「それらが同一人物によるものなのか、はたまたそうではないのか、現時点では判断できないが、少なくとも今回の蝗害は首長一族、もしくはその関係者が関与していると見て間違いないだろう」
「でも、首長一族はこの国のトップだよね? 蝗害なんて、下手したら国が滅んでしまうようなことを起こす動機があるかな?」
「もっともな疑問だ。まあ、一番可能性がありそうなのは、後継者争いかな。ロックドロウは、基本は長子相続だから第一皇子が皇太子になり、そのまま首長になることが多いんだけど、俺は五番目だったが上の四人を蹴落として皇太子になった。ちなみに皇子は俺を入れて全部で十二人だよ」
「うへぇ……そんなに兄弟いんのか。んじゃあ、その上の四人が一番疑わしいってことか?」
兄弟の人数を聞いて、思わずといった様子でエディが言った。
学生時代にシャーリーと特に仲が良かったというエリックやテッドなどはシャーリーの家の事情にも考えが及んでいたのか、やはりといったような複雑な表情をしている。
「いや、その内の一人はガルドだから三人だね。ただ、疑わしいのは上の四人に限らずガルド以外の全員かな。俺たちは兄弟と言ってもほとんど異母兄弟で、基本的にあまり仲良くはない。蝗害対策は今、俺に一任されているから、もし失敗したら俺は皇太子の地位を剥奪されるだろうね」
「上の四人は自分を蹴落として皇太子になったシャーリーを恨んで皇太子の地位を奪いたいのかもしれないし、下の七人もシャーリーがいなくなれば自分にもお鉢が回ってくる可能性があるって感じか?」
「この国は本当に複雑な事情を抱えているわねぇ……」
シャーリーの一族や土の国の内情を知り、皆、思い思いに言葉を発しはじめる。
それらすべての言葉には、皇太子の地位にあるにもかかわらず、身内であっても気を許せる人間が数えるほどしかいないシャーリーを気の毒に思う気持ちが込められていた。
「蝗害の記録を消したのと、飛蝗を操っているのが別々だった場合はさらに複雑だな……」
「記録に関しては、宮殿に出入りできる立場の者であれば誰でも可能性はあるからね。と言っても宮殿に出入りできるのは、首長一族ならびにその他の族長一族と、商人と……あとは数は少ないけど、国外の出身で宮殿で働いている者くらいかな」
「土の乙女達はどうなの? 乙女なら首長や族長の一族でなくても、宮殿への出入りが許されていそうだけど……」
アニーがシャーリーに問いかけた。
土の乙女のことを聞かれて、一瞬シャーリーの表情が曇る。
そして、少し答えに戸惑うように視線を動かしながら、後ろめたそうな様子でアニーの問いに答えた。
「……彼女たちは地上に住んでいるが、オアシスでは暮らしていない。土の乙女達は砂漠にある村で、ひっそりと共同生活を送っているんだ。彼女たちのパートナーは例外なく『オオトカゲ』だし、この件には無関係だと思っているが……正直なところ、一番、蝗害を起こす動機があるのは、おそらく彼女達だろう」
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