28 繰り返す、サラマンダーの加護

 アイディーンから言われた通り、ニコラたちは翌日、陽も登らぬうちに炎の国を旅立つことにした。

 

 ニコラを嗅ぎまわる存在について、アニー達はすでに知っていたのだろうか。

 アイディーンの発言に慌てることもなく、昼食後にアニーに出発の確認をしたときには既に準備は整っていた。

 

 急遽出発が明日となった皇城での最後の日を、思い思いに過ごす仲間たちの横で、ニコラは体力回復に努めることにした。

 歩き方に現れていたぎこちなさが取れ、ようやく普段通りの元気な体を取り戻したと実感したのは出発も目前に控える深夜頃であった。

 

 丸三日も寝込んでいたせいか、目が冴えて中々眠気が来ない。

 リハビリと称して部屋の中を歩き回ったりストレッチをしたりして時間を消費していたが、そんな時、部屋の扉を誰かが叩く音がした。


 夜も更け、城の中は静まり返っていたために少し驚いたものの、ゆっくりと扉を開けて確認してみる。

 と、部屋の前に立っていたのはアイディーンだった。

 突然の訪問に驚きつつも、快く部屋に招き入れる。


 「夜遅くにすまんな。ああ、ニコラに用があるのは私ではない。こいつがどうしても、ニコラにお礼をしたいと言ってな」


 アイディーンがそう言うと、アイディーンの服の袖口の方から何かが顔を出した。

 それはまさに、あのカルデラの火口で噴火したドラゴンの幼体だった。


 ドラゴンはニコラの両掌に収まるほどの大きさだった。

 掴まっていたアイディーンの腕から抱き直され、キューと心地良さそうに鳴いている。


「サラマンダーは炎の精霊王だが、死と復活を司る精霊でもあるんだ。ニコラと同じく、あの噴火から三日目にあたる今日、沈静化していた火口で蘇ってな。これからまた、二千年かけてあの大きさになるまで成長を続けるわけだが……今はほら、この通りの小ささで可愛いものだ」


 アイディーンはそう言って、愛おしそうにサラマンダーの体を撫でる。

 サラマンダーの方も、アイディーンに撫でられ目を細めて悦んでいるようだった。


 ニコラはその様子を微笑ましく眺めていたのだが、ふいにサラマンダーと目が合った。

 アイディーンがサラマンダーからニコラに視線を移し、真剣な表情で言う。


「乙女はそれぞれの精霊王と心を通わせることができるんだが、サラマンダーがニコラにお礼をしたいと言っている……お前に加護を与えたいそうだ」


 精霊からの加護は本来、人間の意志に関係なく精霊が気に入った人間に勝手に与えるものだ。

 精霊たちは基本的に人間の目に見えないが、生まれる前から精霊たちは母親のお腹の中にいる赤子の周りに集まり、生まれて程なく加護を与えて去っていく。

 

 ただ、本来精霊たちが一方的に人間に与えるこの加護は、お互いの了承の上だと契約に近くなり、より強力なものになるらしい。

 サラマンダーがニコラに与えようとしているのは、まさにこの契約に近い加護だった。

 

 精霊王は各国の厳重な監視下に置かれていて、おいそれと人間に加護を与えたりすることはできなかった。

 基本的に、選ばれた乙女にのみ契約に近い加護を与えるのだが、その事実をベン達から学んでいたニコラはサラマンダーから加護を与えたいと言われて戸惑いを隠せなかった。


「サラマンダーがどうしてもと言うんだ。私としても、この国を救ってくれたニコラには恩があるし、サラマンダーの意思も尊重してやりたい。エイドリアン……皇帝からも了承を得ている。サラマンダーの加護はきっとニコラの役に立つだろう。どうか、受け入れてやってくれないか」


 そう言って、アイディーンの腕からニコラの手のひらに移されたサラマンダーの体は柔らかく温かかった。

 背中に薄い炎が見えるが触れても熱くはなく心地良い温かさを纏っている。


 手のひらに乗るサラマンダーから、熱い視線を受ける。

 アイディーンに「そこを何とか」と説得される。

 確かに驚きはしたものの、それらを拒否する理由も特になかったため、頷き了承した。

 

 その瞬間、サラマンダーの表情に喜びが溢れ、ぶわっとニコラの体を橙色の炎が包み込んだ。

 その炎は頬や全身をくすぐるような、柔らかで心地良い温かさだった。


 ――今度は必ず守るよ。


 目を閉じて炎の揺らめきに体を預けていたニコラの脳内に、誰かがそう呟く声が小さく響いた。

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