27 アイディーンの、真面目な話

 ボブによる診察を受けたり、その後も仲間たちの話を聞いたりしているうちに午前の時間は過ぎ、アイディーンと約束した昼食の時間になった。


 目覚めたばかりのニコラに無理はさせられないと、アイディーンの方から部屋を訪れ、庭に面したテラスで昼食を取ることになった。

 昼食には、アイディーンとニコラだけでなく、ノアラークの代表としてアニーも同席する。

 

 準備ができ案内されて席に着くと、こちら側のテーブルの上にはニコラに合わせて消化に良さそうな料理が並んでいた。

 取り分けられたお粥を、なるべく温かいうちにとスプーンで掬って口にする。

 

 ん? 何だか馴染みのある味のような……。

 と、訝しんで皿に盛られた料理を凝視していると、ニコラの体調を終始気遣っていたアイディーンがその様子に気付いて言った。


「ああ、そのお粥はお前の船の料理人が作ったものだぞ。あいつ、『ニコラが口にする料理を作るのは私だけ!』とか言って城の厨房に押し入ってな……まあ、お前たちには恩があるから自由にさせてやれと私も許したわけだが、あいつめ、ついでにこの国の料理を勉強したいと言い出したかと思えば、さらに何やら料理人たちに布教したりして……本当に好き勝手にやっている」


 アイディーンの話ぶりから、サリーが本当に好き勝手にしている姿が目に浮かぶようだった。

 横に座るアニーもあきれたように苦笑いしながら頷いていて、思わず笑ってしまった。

 

 その様子に、アイディーンとアニーもホッとしたのか、穏やかな雰囲気が流れ始める。

 その後は、リラックスした様子で少しずつ食事をしながら、ノアラークの仲間たちの他愛無い話等をしたりしてアイディーン達との食事を楽しんだ。


「……ニコラ、お前には本当に悪いことをしたと思っている。正直に言うと、私は最初からお前のことを知っていて、お前を引っ張り出すためにかなり酷い態度をとっていた。お前たちを脅したりして、許されることではないと重々承知しているが、どうか謝罪の気持ちだけでも受け取ってほしい」


 食事も一息ついてお茶を飲んでゆっくりしていたころ、アイディーンはおもむろにそう言って頭を下げた。

 その姿に、色々な記憶と感情が再び甦ってくる。

 

 確かにアイディーンに対して、穏やかではない感情を抱いていた。


 しかし、今思えば、乙女としての期待と重責を担いつつも役目を果たせず、明日にでも噴火し国が滅んでしまうかもしれないという恐怖を日々抱えていたであろうアイディーンの心情は想像して余りある。

 そんな時に、国を救えるかもしれないチャンスが転がり込んだら、どんな手を使ってでも利用しようとするのは仕方のないことだろう。

 

 横に座るアニーの穏やかな様子から察するに、アイディーンとアニー達はすでに和解しているようだ。

 であるならば、自分一人が怒り続ける理由もない。


「私はもう、気にしてないです。謝罪を受け入れます。」


 そう言うと、アイディーンは伏していた頭を挙げて「ありがとう……」と言い、朗らかにほほ笑んだ。

 

 きっと、これが本来の姿なのだろう。

 目覚めて以降触れてきたアイディーンのカラッとしたおおらかな性格は、ニコラにとって好ましいものだった。


 「さて、謝罪を受け入れてもらえたのとは別にして、お前たちには礼をしなければな。正直、今回の件を公表することはできないんだが、お前たちにはできる限りのことをしてやりたいと思っている。ひとまずは今後、炎の国への自由な入国と、冒険者組合を通してお前たちの活動を支援してやろう。あとは……そうだな、『ねずみ対策』だな」


 思いもしなかったお礼に少し浮足立っていたニコラだったが、鼠とは? と聞きなれない言葉に小首をかしげた。

 その様子を見ながら、アイディーンが静かに諭すように言った。


「これはアニーからは口止めされたことなんだがな……だが、私は乙女として、お前には自身の置かれている立場について知る必要があると思っている。ニコラ、お前今、水の国から指名手配されているぞ」


 その言葉に、心の底からビックリした。

 

 ノアラークでの生活や炎の国のことで頭がいっぱいで、今の今まで生まれ育った水の国のことなど記憶の彼方に飛んでいたのだが……。

 まさかそんな、指名手配されるほどの大ごとになっているだなんて思いもしなかった。

 

「もちろんこれは裏での話だ。あいつらはお前のことを血眼ちまなこになって探している。この国にも多くの鼠が入り込んでいるようだ。私が言えた義理じゃないが、あいつらは一体、お前を捕まえて何をさせるつもりなのやら……だが、ニコラ、お前は認識する必要がある」


 アイディーンはそう言うと腕を組み、一拍置いた後に、一瞬付した目を上げ真剣な眼差しで言葉を続けた。

 

「乙女たる私が神に誓って言おう、お前は普通ではない。水の国育ちにもかかわらず光魔法の適性を持っていることもそうだが、何より、お前のその魔力量だ。それは、現役の乙女である私をはるかに凌いでいる」


 アイディーンの真剣な瞳が、まっすぐにニコラの姿を捉える。

 

「膨大な魔力というのはあらゆることを可能にする。お前は、お前が思っているよりずっと価値が高いし……もっと自分を大切にした方がいい」


 おそらくこれは、ニコラが自分から犠牲になりに行ったことを言っているのだろう。

 そしてそれはアイディーン自身にとっては自分の不誠実さを晒すことと同等で言いたくないことのはずだ。

 

 しかし、アイディーンは自分のプライドよりもニコラを優先してくれた。

 その気持ちに、ニコラは心温まる感覚がした。

 

「はい……」と小さく、けれども素直に答えるニコラに、アイディーンはホッとした表情を見せる。

 しかし、ニコラの横に座るアニーに一瞬視線を向け、すぐにまた真剣な表情に戻って言った。


「まあ、それでだ、お前へのお礼の一つとして、この国でお前のことを嗅ぎまわっている鼠たち、そいつらを撒いてやろう。ただな、あまり長くは持たない。なにせ入り込んでいる数が数だからな。だから、本当に名残惜しいのだが……ニコラの体調も問題ないようだし、お前たちは明日にでもこの国を発つといい」

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