24 守られるだけの存在じゃ、ない
それは、こちらに向けられていた毒が、だんだんとアイディーン自身に向けられていくかのようだった。
自分を卑下するアイディーンの目には、口から出る言葉とは裏腹に、力及ばなかった無念さが滲み、今にも壊れてしまいそうで痛々しい。
強い態度や言葉はどうしようもない理不尽さへの鬱屈した思いの現れだったのか……。
そうアイディーンへの心情を改めてみると、彼女が途端に弱々しく小さな存在に思えてきた。
「……噴火の兆候は日ごとに増し、もういつ噴火してもおかしくないという状況で、藁をもつかむ思いで出た案が魔法の強い特性を持つ者をおびき寄せ、足りない魔力を注いでもらうというものだった。それで唯一釣れたのが、お前達だ。だが、装置を満たすことのできる魔力は、およそ一人や二人分程度では賄えない」
アイディーンはそう言うと、伏していた目を上げ、再びこちらの方に視線を向けてきた。
「……最後の望みは、お前達の中に複数の強い適性持ちがいることだけだったのだが……それも潰えた。依頼を冒険者組合に出して三カ月余り。この国は、国民もろとも間も無く噴火の下に沈むだろう」
「どうしてこの土地と心中するの!? 国を、国たらしめるのは土地ではない。国民だわ。国民を外に避難させるべきよ。そうすれば、たとえ土地が一時的に滅んでしまったとしても、歴史が証明した通り、またやり直せる!」
堪らず、アニーが言葉を投げる。
だが、それも今のアイディーンには届かないようだった。
「ハッ! 偽善だな。それは一体何百年先の話だ。この国に今、どれだけの人間が住んでいると思っている。国民全員を受け入れてくれるような国が、土地が、この世界にあるというのか?」
アイディーンの言う事はもっともだ。
何百万にも及ぶ人々が他の国々に一斉に逃れたら、おそらく、それらの国々は大混乱に陥ってしまうことだろう。
「それに、噴火の被害から逃れることができたとしても、今を生きる数百万人もの難民は帰る国もなく、路頭に迷い、飢えに苦しみ、死にも等しい日々を過ごしながら一生を終えることになる。ならば、生まれ育ったこの国と共に滅ぶ方がこの国に暮らす我々にとっても、我々を取り巻く世界にとっても最善に決まっている」
そう言うアイディーンの目には、すでに決意と覚悟の様相が見て取れた。
「今、我々にできるのは少しでも多くの魔力をこの装置に注ぎ、一秒でも長く、この国に住む民たちの最後の幸せを保つことだけだ。だが、それももうあと少しで終わってしまう」
アイディーンが自分の後ろにある装置に振り向き、手で撫でながら言う。
その装置は、帝都に入る時や冒険者組合で冒険者登録した際に使用したあの装置と同様のものだった。
大きさはこれまで見た中で一番大きい。
そして中には、この二千年をかけて蓄えた魔力が詰まっているのだろう。濃い白色のもやで満たされていた。
「せめて、この子たちだけでも……」
アニーが、アイディーンの説得を諦め、せめてニコラとロイドだけでも助けようと懇願しようとする。
だが、その言葉を遮るようにアイディーンは首を振って言った。
「いいや、その願いを聞くことはできない。我々炎の国の民は、大人も子供も関係なく、等しく無に帰すのだから。だが……そうだな、アンナ、お前そこそこ強い魔法の適性を持っているだろう? でなければ、数百キロに及ぶ地面に電気を通し、マグマの位置を探るなどできはしない」
悲痛の表情を浮かべていたアニーに、アイディーンが急に提案してきた。
ニコラとロイドの命をアニーの命で交換する、脅しともとれる案だ。
「お前と、男共がここに残りこの国の最後の時まで尽くし共に滅びるというのなら、子供らには口封じの魔法を施したうえで解放してやらんこともない。口封じの魔法は裏の社会の奴らがよく使う、国際的にも禁止された魔法だ。ここでの話を少しでも口外したら最後、舌は焼かれ死ぬことになる。」
「……それで構わないわ。」
二人を逃すためには、アイディーンの条件を飲む他ない。
同行している他の面々も同じ意見なのだろう。みな沈痛な面持ちを浮かべているが、アニーの言葉を否定する者はいなかった。
「……そんなの、駄目……」
静まり返る中、ニコラがたまらず声を上げた。
黙って聞いていれば、アイディーンもアニーも自己犠牲に囚われているようにしか思えなかった。
そして問題は、炎の国民であれノアラークのみんなであれ、それに多くの人が巻き込まれるということだ。
どんなに考えても、多くの犠牲が出る二人の考えを許容することは絶対にできなかった。
かと言って大人に守られる子供にできることなんて、たかが知れている。
普通なら、確かにそうだが……
アニーはおそらく気が付いているだろう、一つの可能性を意識の底に沈め、何も知らないような
アニーたちの犠牲の上になり立つそれもまた、私にとって好ましいものではない。
そう、犠牲は最小限であるべきだ。
私の中で、何か心を駆り立てるような、はじめての感情が起こっていた。
「アニー達の旅はどうなるの? 冒険者組合でアニーは、あきらめることなんて決してないと言っていた。アニー達にはやらなくてはいけないことがあるはずでしょう? でも、私にはやるべきことも、生きる目的もないから……犠牲になるのは私だけで良い」
そう言うと、まるでアイディーンからニコラ達を守るように囲んでくれていた、みんなの間を抜けて前に出た。
自分達の旅の目的や色々な思いが逡巡しているのだろう、ニコラの歩みを阻む者はいない。
心配そうに見つめてくるみんなと、目を合わせることはできなかった。
そのままアイディーンの面前に躍り出て、アイディーンの目をまっすぐに見つめながら言う。
「……私が代わりにこの国に最後まで尽くします。私は水の国で乙女候補に選ばれました。魔力を注ぐということだけならば、私はアニーと同等、いえ、それ以上の貢献ができるはずです」
その言葉に、アイディーンは「ほう……」と呟きながら目を細めてニコラを見つめ返した。
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