25 炎の精霊王・サラマンダーの、死と復活

「……いいだろう、交渉成立だ。では、さっそく役に立ってもらおうか」


 アイディーンがそう言い手をたたくと、入り口の方から大勢の騎士がやってきてアニーたちを取り囲んだ。


「ニコラ……!」と叫ぶアニーの声が聞こえてくる。

 アニー達は、騎士たちに拘束されてニコラから引き離されていった。


「さあ、こっちへ来い。お前が役に立たなければ、アンナに頑張ってもらうしかないぞ」


 アイディーンはアニーたちに思わず駆け寄ろうとするニコラを制止するように言った。

 心無い振る舞いに、思わずキッとアイディーンを睨む。

 

 だが、アイディーンはまるで子犬にでも睨まれたかの如くニコラの睨みを鼻で笑って軽くいなし、装置の前の座を明け渡してきた。

 その態度にムッとしつつも、仕方なくアイディーンの方に進んで行き装置の前に立って手をかざす。

 

 ふと装置越しに前の方に視線を向けると、装置のすぐ後ろから壁に向かってぽっかりと、大きな穴が開いていた。

 家が一軒分丸々入りそうなほどの大きな穴の底はニコラの目線からでは確認できず、ずっと地下深くまで続いているのではないかと思えるほど深く暗かった。

 

 ニコラは少し肝が冷えるような感覚を覚えながらも穴から視線を外し、チラッとアイディーンの方を見る。

 アイディーンはさも満足そうな顔でこちらを見ていた。

 

 その様子に歯がゆさを覚えながら再び前の方に視線を戻すと、ふと、大きな穴の向こう側の壁に観覧席のような場所があり、いつの間にかそこに豪華な装いの老年の男性が座っているのに気が付いた。

 男性の顔からは表情が読みとれず、ニコラと装置の方をじっと見ている。


 ……まるで見世物のようだ。


 大切な仲間たちは人質のような扱いを受け、拘束する騎士たちはアニー達の静止はほどほどに、こちらの様子を窺っているような雰囲気を発している。

 横に立つアイディーンは、ニコラが装置に魔力を込めるのを今か今かと待ち構えていた。

 穴を挟んで向こう側にいる男性も、こちらの一挙手一投足を逃すまいと刺すような視線を向けてくる。

 

 そんな状況に何だかすごく苛々してきて……。

 一度目を瞑り体の内側に意識を集中させた後、カッと目を開いて魔力を思いっきり装置にぶち込んだ。

 

 キュイーーーン!! という千切れるような高い音を立てながら、装置が光を放ちだす。

 中に込められていた白いもやが、中央に向かって渦を巻いていく。

 

 放出したそばから、魔力がどんどん装置に吸収されていく感覚があった。

 だが、まだまだニコラの魔力が尽きる気配もない。


 こうなったら全部叩き込んでやる!

 そう、構わず魔力を装置に流し続けていると、「ハッ……!」と乾いた笑い声が横からした。

 

 全力で魔力を装置に叩き込み始めて数分もせず、装置がビーーーー!! というけたたましい音を発した。

 同時に、装置の中のもやがこれまでの白色から黄色に強く発光しだす。

 向かいの観覧席にいた男性が、目を見開きガタッと立ち上がるのが見えた。

 

 これ以上はもう魔力が入らないようだとニコラが魔力を込めるのをやめて手をおろすと、横にいたアイディーンがニコラを押し出して装置を確認する。

 アイディーンの顔に、みるみる歓びの色があふれていく。

 

「~~~~!! 起きろ、サラマンダー! 約束の時間だ!」


 アイディーンが響き渡るような大きな声で叫んだ次の瞬間、ドーーーン! という大きな音と振動が空間に響いた。

 

 あまりの揺れに、ニコラはおもわず地面に手をついて倒れこんだ。

 壁や天井にも揺れは響き、パラパラと破片が落ちてくる。

 

 また、ドーーーン!! という音と振動と共に、今度は前方の大きく穴の開いた空間から、赤褐色の巨大な手が勢いよく出てきて床を掴んだ。

 その手の勢いで生じた強烈な熱風が、その場にいる全員に襲い掛かる。

 穴から這い出てきた手からは蒸気が噴き上がり、その場の温度が一気に上昇していく。

 

 そして最後の、ドーーーン!!! という轟音と揺れとともに現れたのは、背中に炎を乗せ、口から炎を溢れさせた巨大なドラゴンだった。


 ここはまさに、活火山の火口だった。


 全身から噴き出す蒸気や背中から溢れる炎を晒し、ドラゴンはギャーーー! と大きな唸り声を上げる。

 その姿をニコラや、後ろにいるアニー達もみな茫然として見つめていた。

 

 先程までの揺れや熱風にはビクともせずに、ニコラの少し手前で佇んでいたアイディーンはドラゴンの姿をじっくりと確認する。

 

 そして、「サラマンダー……本当に、待たせたな……」と、これまで見たことがないような……泣き出しそうな、それでいて穏やかな表情で小さく噛み締めるように呟いていた。

 アイディーンの呟きに呼応するように、サラマンダーは手元に佇むアイディーンを見つめている。


 その様子を見守っていると、アイディーンがこちらに振り返った。


「今から『破局噴火』をはじめる。喜べ、特等席で見せてやる!」


 アイディーンはニヤリと笑ってそう言うと、装置の前に立ち自身の魔力を込め始めた。

 

 装置は先ほどニコラが魔力を流していた時とは違う、ブォン! という音を立てて起動し、中に満たされていた黄色いモヤがさらに強く輝き出す。

 すると、サラマンダーが出てきた大きな穴を囲むように、黄色の模様をした結界が上空に向かって張り巡らされていった。


 結界の中が、装置の中と同様に黄色に輝くモヤで満たされていく。

 同時に、サラマンダーの赤褐色だった身体が所々鮮やかな赤や橙色に発光しだし、茹で上がっていくようにボコボコと音を立て、これまで以上に猛烈な蒸気が噴き上がっていった。


 サラマンダーの身体の赤や橙色の面積がどんどん増えていくと共に、結界の色も強くなっていく。

 結界内外から放たれる光も、熱も、これ以上ないというほど満たされたと思った……。

 

 瞬間、サラマンダーは上空を見上げ、グオオォォオオ! と空間全体が揺れるほどの大声で叫んだ。


 ――――カッ!! 


 空間全体が白むような強い光が灯った瞬間、ドオオオオオン!!!! という轟音と大きな揺れと共に上空に向けてマグマが噴火した。



 ⚚ ⚚ ⚚



 気がつくとニコラは床に伏せていた。

 

 どうやら意識をなくしてしまっていたらしい。

 後ろの方を振り向くと、アニーたちと、アニーたちを拘束していた騎士たちは全員意識を失って倒れていた。

 

 再び前を向くと、そこには強烈な存在感を放っていたサラマンダーの姿はなく、噴火の前と変わらぬ姿で上空を静かに見つめているアイディーンの姿があった。

 サラマンダーの噴火と共に生じたマグマは結界によって完全に押し込められ、結界に触れて徐々に霧散していく。

 マグマが全て消え失せ、最後に結界が再び強く輝いたかと思うと、結界は細かく壊れて光と共に空気中に消えていった。


 熱もなくなり、ポッカリと空いた空間の向こうからガタリと音がした。

 

 そちらの方を見やると、ずっと黙って様子を見ていた男性が膝から崩れ落ちているところだった。

 その姿を確認してアイディーンが男性の元に慌てて駆け寄っていく。


「……これで、国は……国民は、守られたのだな……本当に、本当に、ありがとう……」


 男性は大粒の涙を流しながらそう言い、そのままアイディーンの腕の中で気を失った。

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