SIDE 炎の乙女・アイディーン

 ――一体どんな奴らなのかと思った。このクソみたいな世界を作ったのは。




 そこそこに裕福な商家に生まれ育ったが、物心ついた時からこの人生はひたすらに退屈だと感じていた。


 男子に恵まれなかったために跡取りとして幼い頃より相応な知識を叩き込まれ、父の商談に同行する日々。

 

 父と商談相手の互いに足元を見た腹の探り合いや、嘘や欲にまみれた潰し合い、およそ人と思えないような所業の数々に反吐が出そうだった。

 だが、彼らが時折見せる、獲物を狙うかのような鋭い眼光には身震いするほど心を駆り立てられた。


 年の離れた弟が生まれてお役御免となり、両親の興味が全て弟に向かった後は、日がな一日庭で本を読んで暮らしていた。

 どんなに知識を手に入れても、どんなに自由に過ごそうと、心が満たされることはなかった。


 ある日、ふと家の前で暇そうに門を守る門番の姿が目に入った。

 

 近寄って話を聞いてみると、その男は元冒険者の男だった。

 怪我をしたため冒険者を引退し、日銭を稼ぐために門番の仕事をしていると言うことだったが、彼が冒険者時代に世界を巡った話は私の灰色に荒んでいた心をこれでもかというほど掻き立てた。


 年頃になれば家のつながりで嫁に行き、両家の為に尽くす。


 弟が生まれてから言われ続けた言葉は私にとって呪いの言葉に近く、鎖のように私を縛っていた。


 だから、家を出た。


 与えられていたお金になりそうなものを全て持って家を飛び出し、帝都の冒険者組合を目指した。

 門番の元仲間だという冒険者達の手助けもあって程なく帝都に辿り着き、冒険者登録を行った後は彼らの元で雑用係として働きながら戦う術を学んで行った。


 ちなみに、両親は私が家出したことに気付いた後も、世間体を気にしてすぐには届けを出さなかったらしい。

 ようやく届けを出して情報が国中に行き渡ったのは、私が帝都に入った次の日だったというから危なかった。


 冒険者登録の際、私には強い炎魔法の適性があると知った。


 当時、強い適性持ちは魔法使いとして後方支援を行うのが普通だったが、私は最前線で命を賭けた戦いをしたかった。

 だから、当時著名だった師匠の元に弟子入りして体術を身につけていった。

 

 私には接近戦のセンスがあったようであっという間に兄弟子達を追い抜き、炎魔法も応用させたスタイルを築き上げていった。

 雑用係も卒業していつしか主戦力となり、気が付けば冒険者の最高ランクであるSランクにまで上り詰めていた。


 戦闘においてむかう所敵なしだし、Sランクという肩書きのせいで誰もが私に一線を置いて近寄ってこない。

 レベルが違うと、ずっと共にしていた仲間たちも離れていった。

 旅に出ようとしても、人間兵器にみなされるSランク冒険者は国防の要でもあり、おいそれと国外に出ることもままならない。

 

 退屈な日々がまた始まった。


 同じSランクの冒険者と模擬戦をするくらいしか楽しみがなく、ただただ無為に日々を消費していた。

 そんなある日、三年ぶりとなる炎の乙女決定戦開催の知らせが目に入り、参加してみることにした。

 

 国の全女子が参加するといっても棄権がほとんどで、実際に決定戦に出場してくる女子は少ない。

 百人程度は参加者がいたが、接近戦を極め、強い魔法適性を持ち、Sランク冒険者としての実践経験も持つ私に、当時の乙女を含め、傷一つ付けられる者はいなかった。


 史上最強の乙女誕生だの、炎の国が世界を統べる時が来ただのといった声の混じる優勝セレモニーを、ただ空虚な気持ちで受けていた。

 

 その時、自分のはるか高みから見下ろす、覇王と世界に名を馳せる皇帝・エイドリアンの姿が目に入った。

 もうこの国にも、冒険者としての地位にも未練などなかったから、皇帝の顔でも一発殴って国から出て行こうかと思った。


 だが、実際に会って話してみたエイドリアンは、至って普通の、何なら小心者で争いを好まない穏やかな皇帝だった。

 乙女としての宣誓式前夜、彼は床に手をつき、地面に鼻先が付くほど深く頭を下げて私に願った。


「どうか、この国の民たちを守るために手を貸してほしい」と。

 その姿を見て、私は一気に牙を抜かれたと同時に、この男に心底惚れたのだった。


 噴火の真実を知って、まずは神の恩恵によって桁違いに増えた自分の魔力を限界まで装置に注いだ。

 魔力が尽きて気を失い、目が覚めて回復したらまた魔力を注ぐという日々は、正直言って地獄だった。

 

 どれほど繰り返しても満たされない装置に、初めて自分の小ささと不甲斐なさを感じた。

 噴火の予兆と思われる地震が増え、湖が干からびていくたびに、タイムリミットが近いのだと息が苦しくなるくらいに追い詰められていった。

 

 苦肉の策で冒険者組合に依頼を出してみても、強い適性持ちどころか引き受けようとする一般の冒険者さえいなかった。


 そんな時だった。

 とある少女の噂を聞いたのは。


 水の国ではありえない光魔法への強い適性。

 その事実に心惹かれ、その少女らしき人物が雷の空賊共とともに帝都に降り立ったと聞いた時には、生まれて初めて神に感謝した。


 すぐに元Sランク冒険者仲間だったグレゴリーに連絡を取り、彼らのペナルティー消化の中に私達の依頼を捻じ込むことに成功した。

 それからひたすら神に祈り続けること数日、噂通りに有能な彼らはこの国の真実にたどり着き、急ぎ報告書と提言書をよこしてきた。


 引っかかったと思った。


 あとは逃げられないように皇帝の名のもとに登城命令を出し、城の地下深く、サラマンダーの住まうカルデラの火口で執事のサリエルが彼らをここに連れてくるのを待った。

 思いのほか大人数で少し驚いたが、全員で来いとの命令通り、体格のいい男たちの陰に隠れる小さな女の子の姿を見つけた。


 見た瞬間、心の底から歓喜した。

 件の噂の女の子はあの子で違いないと、魂がそう言っていた。


『あの子は今の私と同じ匂いがする』


 身に余る、膨大な魔力を抱える小さな女の子……。

 だが、彼女の周りを取り囲む雷の空賊共は、彼女を我々の手から遠ざけるように大切に守っていた。


 さて、どうやってあの子を引っ張り出そう?


 わざと傲慢な態度を見せ、炎の国の民たちの命をちらつかせた。

 船長というアンナに選択を強要し、あの子を守るために皆が犠牲になるという構図を作り出してやった。

 果たして、彼女は声を上げ、ようやく私の目の前にやってきた。


 怒りは力だ。

 

 いちいち彼女の癇に障るように接する。

 すると、怒りを募らせた彼女はその身に蓄える膨大な魔力を惜しまず全て装置に叩き込んでくれた。


 私が数か月がかりで貯めるような魔力を、彼女はものの数十秒程度で積み上げていく。

 これほどの魔力があるとは正直驚きだった。思わず演じることも忘れて乾いた笑いが出てくる。

 

 数分後には、もはや絶望の象徴でしかなくなっていた装置に、希望という名の魔力が満たされた。

 黄金に光輝く魔力は美しく、見ているだけで感情が高ぶってくる。


 だが、私には最後の仕事が残っていた。


 乙女になったとき以来、久しぶりに見たサラマンダーは記憶の中よりさらに大きくなっていた。

 重そうに体を抱え、体重を支え切れずに爪が床にめり込んでいく。


 もはや一刻の猶予も残されていなかった。


 乙女たる己の魔力を装置に流し込む。

 起動の鍵となる神の恩恵を正しく認識した装置は、二千年ぶりにその真価を発揮する。


 上へ上へと張り巡らされる結界は、同時に幾重にも重なって厚みを増していく。

 高まる結界内の魔力に誘発されて、サラマンダーの体積が膨張し熱を増していく。

 

 サラマンダーが限界を迎えるころ、一瞬目が合った。

 その目は、死とこの後迎える復活の喜びで満たされていた。

 

 約束を無事、果たせてよかった……。


 そう思った瞬間、大量のマグマが天高く打ちあがり、同時にサラマンダーの体は崩壊した。

 噴火の光と、熱、衝撃に、この瞬間を夢に見るほど心待ちにしていた私とエイドリアン以外の全員が気を失って倒れる。

 

 マグマはそんな彼らに襲い掛かることなく結界内に収まり続け、徐々に結界に記された魔法によって空気中に消えていく。

 キラキラと宙を舞う輝く光の粒だけが、噴火の余韻を残していた。


 すべてが終わった後、私の心はサラマンダーが住んでいた火口の如くぽっかりと穴が合いていた。


 ただ呆然と、火口越しに見える青空を見て立ち尽くす。

 そんな時、膝から崩れ落ちたエイドリアンに気付き、慌てて駆け寄り体を支えた。

 

 泣き崩れるエイドリアンは、ここ数か月まともに寝られていなかったのだろう。

 皮膚に潤いも失せずいぶんと痩せていたが、魂を振り絞るようにして少女に感謝の言葉を向け、そのまま気を失ってしまった。

 

 ……私も彼女たちと真摯に向き合い、最大級の謝罪と感謝の意を表さなければならない。


 エイドリアンの安らかな寝顔を見つめ、私はそう心に誓った。

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