22 浮かれた一行を、待つものとは

 結局、城にはお留守番のジルを除いて全員が登城することになった。


「あなたたちは別に登城する必要ないんじゃない……?」と、そもそも調査にも参加していなかったメンバーがアニーにそう言われていたが、「他国の城内部に入れる貴重な機会を奪うなんて、そんな後生な……!」と、全員、城行きをがんとして諦めなかったらしい。

 

 アニー達が冒険者組合からノアラークに戻ってきた後、操縦室で真剣な面持ちで皆に報告していたアニーだったが、「本当に!? やったー!」という一部の歓びの声に呆気あっけにとられ、いい意味で肩の力が抜けたようだった。

 まあ、どうせ行くしかないんだし、考えても仕方ないし、準備だけしといてあとはもういいや! という諦めの境地に至ったということでもある。

 

 登城命令を最初に受け取ったときの深刻な雰囲気とは、がらりと雰囲気が変わっていく。

 他国の城に入れることに何人かが浮ついて話していたり、調査中に待ちきれずに思いのまましたためた破局噴火関連の提言書を一応持参するかと準備したり、本人たちにとってはいたって真面目な話で持ちきりだった。


 翌朝、城からの馬車は、約束の時間の少し前にすでに冒険者組合の前で待機していた。

 ノアラークでお留守番をしているジル以外の全員が、次々と馬車に乗り込んでいく。

 

 一応、心配して顔を出してくれたグレゴリーだったが、昨日のアニーの様子から打て代わり、まるで遠足気分の一行を目にして呆れたように笑っている。


「そうだな、どんな状況でも自分達の都合のいいように行動する。転んでもただでは起きん。それがお前たちだったな。存分に城の見学を楽しんでくると良い」


 グレゴリーはそう言うと、出発の合図に馬たちが嘶き進みだす中、姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

 

 冒険者組合を後にした一行は庶民の生活圏を抜け、さらに富裕層や貴族たちの生活圏を通り城へと向かっていた。

 

 貴族たちの屋敷が並ぶエリアを通り過ぎると、次はいよいよ城の敷地にさしかかるということだったが、意外と城は街から離れたところにあった。

 街と城の間には開けた土地があり、朝にもかかわらず既に兵隊たちの訓練が始まっているようだ。

 馬車の中からも整然と並ぶ隊列が見え、訓練に伴う音や声が響いている。


 城の前に構えられた門をくぐり、辿りついたのは貴族用の入り口だった。

「くそっ、どこもかしこも耳ざといわね……」というアニーのつぶやきが聞こえてくる。

 

「アンナ様ですね。この度は皇城まで、ようこそお越しいただきました。登城命令書を拝見いたします……確かに、ではこちらへどうぞ」


 入口で対応してくれた男性はそう言うと、城の中へと一行を案内した。


 城の内部は、いかにも強大な権力を持った一族が己の権力を示すがごとく、美しく貴重な調度品に溢れた豪華な作りであった。

 床はふかふかの絨毯で覆われ、壁は繊細な模様の壁紙が張られ、天井にまで重厚な絵が描かれている。


 何も知識のないニコラから見ても、ここは歴史的に需要な芸術品に溢れた空間だと否応なしに理解して緊張してしまうほどだ。

 壁際に置かれた一つ一つの調度品を穴が開くほど堪能し、徐々に集団から遅れていく一部に注意を払いながら、男性は城の奥へ奥へと案内していった。



 ⚚ ⚚ ⚚



 一体、どれくらい歩いただろうか。


 まさに豪華絢爛だった空間はいつの間にか過ぎ去り、一行は壁面がむき出しの長い廊下を歩いていた。

 自分たち以外すれ違う人もおらず、皆の歩く足音のみが反響して聞こえる。


「……あの、私たちは今どちらに向かっているのでしょうか? 私たちは皇帝陛下からのご命令で登城したのですが……」


 意を決したようにアニーが男性に尋ねる。

 男性は一瞬足を止めたものの、「もうすぐです」と答え、そのままこちらを振り返ることなく再び進んで行った。

 何だか怪しい雰囲気に、皆が顔をこわばらせていく。


 辿りついた先は、大きな扉の前だった。

 男性が何度か扉をノックすると、数秒したのちゴゴゴゴゴという音をしながら重厚な扉が徐々に開かれる。

 

 完全に扉が開き切る頃、男性はようやくこちらを振り向いた。

 口元に笑みを浮かべにこやかな雰囲気を漂わせているものの、その姿は明らかに本心を隠した様相で、薄く延ばされた目の奥は一切笑っていない。


 男性はアニー達一行をゆっくり一瞥して言った。


「皆様お疲れさまでした。この先に、我らが炎の乙女・アイディーン様がお待ちです」

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