18 魅力的で、恐ろしい場所
三人が通されたのは、VIPルームだった。
ニコラとロイドはフラージュ・ボンボンの応接室で椅子に座り、出されたお茶とお菓子を無心で食べていた。
なんと、サリーはこの『フラージュ・ボンボン』と呼ばれる豪華なお店のオーナーだったのだ。
サリーは今、ソファーに座る二人を置いて、自身の部下に必要な服の指示を出している。
さすがは富裕層向けの店で、用意されたお茶やお菓子はこれまで食べてきた……といっても、ほとんどがノアラークに乗って以降のものになるが、その僅かな経験の中でも一番お高そうに見えた。
だが、正直、状況の理解が追い付いておらず、まったく味がしない。
もそもそと焼き菓子を口に含みながら、部屋の調度品や奥にいるサリーを眺める。
「ふう、お待たせ。二人とも驚いてしまったかしら……私は美容家でね。この店は、私が理想とする美を追求するために作ったお店なのよ」
部下との話が終わったのか、サリーは部下と別れるとニコラとロイドのところにやってきた。
同じく椅子に座り、用意されていたお茶をすすりながら言う。
サリーがいつもよりイキイキと、そしてキラキラとして見える。
「この店は服だけでなく、化粧品や美容に良い食材も取り扱っているわ。ノアラークのお風呂にある石鹸も、ここの取り扱い商品なのよ。今、これからの旅に必要な耐火服といった服の手配はしたから……ここからが今日のメインディッシュね。ロイドちゃんとニコラちゃんの普段着を見繕いましょう!」
サリーがかつて見たことの無いような笑顔で高らかに言い、パンパンと良い音で手をたたく。
すると、応接室の壁沿いに控えていた女性達がロイドとニコラの周りを取り囲んだ。
女性達に促されるまま、二人は試着室と呼ばれる布で仕切られた小さな部屋に連れていかれ、あっという間に下着以外の着ていた服を脱がされて、身体中を巻き尺で計測されていく。
隣の部屋から「やめてくれ! 自分で脱ぐから……ああ、待って……」というロイドの悲痛な叫びが聞こえてくる。
ニコラは茫然としながらも、女性たちの有無を言わさぬ無駄のない動きに従うほかなく、なされるがままに体を預けた。
身に着けていた下着も取り替えられ、どこからともなく持ち込まれる服に袖を通していく。
着終わると、部屋の布が開かれた。
「あら、やっぱり素敵ねー! ニコラちゃん、とっても似合っているわよ!!」
ニコラの姿を見たサニーから黄色い声が飛ぶ。
手を上品に叩き、「これよ! これが見たかったのよ!」と、とても上機嫌だ。
さっと目の前に大きな鏡が移動してくる。
鏡に映った姿は、自分とはとても思えないほどに可愛らしかった。
細かい刺繡で出来た大きな襟をした、膝丈ほどのふんわりとした上品なワンピース。
白地の生地に、ニコラの明るい肌が良く似合う。
まるでお姫様みたい……!
と、思わずくるくると体勢を変えて、鏡に映る自分の姿を見つめる。
「ニコラちゃんは色素が薄いから、フレッシュで淡い色みの服が似合うと思っていたのよ。これはお店の商品でもあるから、普段着というよりは少しかしこまった服になるけれども……気に入ってくれたようだし、ニコラちゃんの服が出来上がるまではひとまずこの服で過ごしましょう」
サリーは満足そうにそう言うと、「同じサイズで似た雰囲気の服をあと二,三着見繕ってちょうだい。あと、普段着の方も超特急で仕上げてね」と部下に指示していた。
と、そこにもう一つの試着室の布がシャッと開かれた。
これまた、よそ行きの格好をしたロイドが出てくる。
心なしかロイドの顔が、試着室に連れていかれる前と比べてげっそりとやつれたように見える。
「あらあらあら、ロイドちゃんもよく似合っているわよ! そうね、この服はいかにも良いところの坊ちゃんな感じで、これはこれで良いけれど……せっかくロイドちゃんはイケメンなんだから遊び心も欲しいところね。あの服も着てみてちょうだい。ロイドちゃんにも色々見繕っているのよ」
サリーはそう言いながら、ロイドの試着室の横のラックを指さす。
サリーが指さす方向に振り返ったロイドは、ラックに掛けられた大量の服に気付いて目を見開き硬直した。
固まっているロイドを、先ほどと同じように女性たちが取り囲んで試着室へと連れていく。
ロイドの悪夢は、まだまだ終わりそうになかった。
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