19 ヴァルティナ山脈の地震調査、その壱
「……わあ、すごい! ノアラークの下には今、こんな景色が広がっているんだね……!」
帝都にて超特急で情報と必要物資を集めたあと、ニコラたちは早速、炎の国・ヴォルカポネを取り囲むように存在するヴァルティナ山脈に向かった。
炎の国のはるか上空で止まると、操縦室の中心部の床からせり上がるようにして出現した装置にまず驚く。
その装置が起動すると、ノアラークの下に広がっているという景色の映像が映し出されて、さらに目を丸くし驚嘆の声を上げた。
そこに映るのは、黒や茶色のごつごつとした岩肌の連なる山々、吹き出る白や灰色の噴煙……。
それはまさに、圧巻の様相のヴァルティナ山脈の姿だった。
『【緊急案件】Aランク:炎の国・ヴォルカポネのヴァルティナ山脈における地震調査』
炎の国の北側から西側、そして南側にかけて三日月形に存在するヴァルティナ山脈は、多くの活火山を有する世界最大規模の火山帯だった。
黒い岩肌のところどころに橙色の亀裂が見え、周囲には硫黄の匂いが漂う。
そもそも炎の国自体が、五千年前、始祖の乙女により起こった『破局噴火』という超巨大噴火で出来た広大なカルデラ内に築かれた国で、それ以降、ヴァルティナ山脈は常に炎の国の発展と共にあった。
『始祖の乙女』と『破局噴火』によってもたらされた炎の恩恵は国全土に広がり、今では、その時の『破局噴火』のことを『神の祝福』と国民は呼び、毎年、それにちなんだお祭りが国のいたるところで開催される。
しかし、近年、そのヴァルティナ山脈で異変が起きていた。
最初は、地震だった。
数年前から、帝都でも知覚するほどの大きさの地震が起こりはじめ、自身はだんだんとその間隔を狭めるように頻発しだした。
そして、カルデラ湖の干上がり。
ヴァルティナ山脈には『炎の精霊』が多く住んでいると言われている。
最近頻発しているヴァルティナ山脈での異変が単なる自然現象で何かの前兆なのか、それとも、ヴァルティナ山脈に住まう精霊達の間に何か異変が起こっている影響なのか、調査をしてほしいというのが今回の依頼内容だった。
「依頼に当たり、いくつかのポイントでフィールド調査を行いましょう」
操縦室に集まった面々を前にしてアニーが言う。
「地震やカルデラ湖の干上がりは、多分、噴火の前兆なのだと思うわ。きっとそれは、現状に気付きこの依頼を出したヴォルカポネの大臣たちも分かっていると思う」
原因はすでに分かっているようだ。
けれど、アニーは少し厳しい顔をして話を続ける。
「問題なのは、この国には本当に多くの火山が存在していて、しかもそれらは密接していて、噴火しようとしている火山が一体どれなのか分からないということだと思うの。いくつか調査ポイントを選んでみたから、各々の専門や特技を生かして場所を特定しましょう」
そう言うと「まずはここね」と、映し出された映像のうち、草の国との国境を成すヴァルティナ山脈の中でも、外側の方にある干上がったという湖があった場所を指さした。
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「あら? 思ったより外はそんなに熱くないわね」
ヴァルティナ山脈に降り立ち、ノアラークの扉を開けた瞬間に流れ込む空気を浴びながらアニーはそう呟いた。
念のためにと着ていた耐火服越しに息を吸い込んでみると、微かに硫黄の匂いがする。
今回、調査の主なメンバーとして外に出るのは、アニーとヘインズに加えて、リック、エディ、テッドの地面系専門トリオ、そしてロイドとニコラの合計八人だった。
外は過酷な環境であることも予想されていたため、サリーなどは子どもであるロイドとニコラが外に行くことに難色を示していて。
しかし、この依頼の調査には普通の人間の目に見えない
地面に降り立つと、火山帯の中とは思えないほど周囲の空気は快適だった。
アニー達は着ていた耐火服からおもむろに顔を出し、問題ないことを確認すると上着を脱ぐ。
ニコラも周囲に倣って上着を脱いだが、ふと、前方で上着を手に周囲を見るロイドが視界に入った。
ロイドは真剣な面持ちをしていて、少し表情が険しく見える。
その様子にも少し引っ掛かりを覚えたが……。
それよりも今は。と、ロイドから視線を外し、自分自身が置かれている場所を確認する。
……言葉にできないけど……なんだか変だな。
……この場所は、一体何だろう?
と、少し、周囲の環境に違和感を感じていた。
八人はそのまま、干上がったという湖を目指す。
ノアラークから少し歩いてたどり着いたところは、確かに水のない窪んだ場所だった。
「地面が割れているし、湖底の砂も随分と乾いている。ここに着くまでにあった周囲の草も枯れていたし、雨不足で干上がった可能性もなくはないが……これは、地下の湧水が枯渇した可能性が高いかな」
湖だった場所に滑って降り、底に当たる場所の砂を指で救い上げながらリックは言った。
ノアラークから持ってきた自前の小型スコップを手に持ち、おもむろに地面を掘り始める。
そんなリックの様子を見つつ、他のメンバーもそれぞれに湖周辺の様子を観察していった。
「……随分と静かなもんだな。植物も枯れているからか、ネズミといった動物どころか昆虫もいない。隣の山に移ったか、山を下りて行ったのか?」
エディが周囲から少し高くなっている場所から周りを見渡しながら言う。
「ああ、いつもだったらロイドがいるとぞろぞろ顔を出してくるんだが……鳥も、コウモリも飛んでいないな」
エディがいるところから少し下の場所で、テッドが空を見上げながらエディの発言に呼応した。
「……おかしい」
ノアラークから降り立って以来、険しい顔で何やら考えていたロイドがようやく口を開いた。
ロイドの言葉に、ニコラを含め周囲にいたメンバー全員がロイドの方を見やる。
「……ここには、精霊の気配がない。ヴァルティナ山脈には多くの精霊が住むと聞いていたけど、ノアラークから降りてから今に至るまで、精霊の気配を一切感じなかった。まだ帝都の中の方が感じていたくらいだ。ニコラは何か感じるか?」
ロイドに聞かれてはじめて、先ほどから感じていた違和感の正体に思い至った。
そうだ、この場所はきっと精霊がいないのだ。
水の国での生活でも、人間以外の何かの存在を日々感じていた。
村の近くを流れる川に行ったときは、その気配をいつもより強く感じるほどだった。
だが、物心ついたころからそうだったから、いつしか、人の気配と混同して気にもならなくなった。
炎の国の帝都に入った時、久しぶりにまたその感覚がした。
が、大きな街だし、見たことがないほど多くの人の気配に自分の気分が高まっているからかと思っていたが……。
ずっと感じていたのは、精霊の気配だったのだと初めて認識する。
そう思い至ると、ロイドの言うようにこの場所は確かに異様だった。
どこにいても、地面や、一つ一つの木や草にさえ感じていた気配が、まるきりここにはなかった。
ふと、遠くの山を見る。
視界の先には、
しかし、それらは見えている以上に遠くに感じた。
それはまるで、世界から取り残されたような感覚で、目に映るすべての物の存在が不確かに感じてくる。
息が詰まるような不安が、襲い掛かってくるようだった。
「私もここには何も感じない……いつもなら感じる
俯きながらそう言う。
すると、ふと、地面にある石や砂が小さく震えているのに気が付いた。
自分自身が足元から少し揺れている感覚がして、意識がハッと戻る。
と、次の瞬間、ドーーーン!! という轟音と共に、下から突き上げるような大きな揺れがニコラたちを襲った。
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