20 ヴァルティナ山脈の地震調査、その弐
「……? 何か、地面の下の方で……何かがむこうに向かって、動いている……?」
ニコラは地面を見つめてそう呟いた。
強い地震に、地面に手をついた状態で体をかがめていたが、地面の奥深くから起こった地震で地中に意識が向いたからか、ニコラたちの立つ地表のはるか下、奥の奥のそのまた奥の方で何かが、炎の国中心部へ移動する感覚がした。
「……もしかしたら、ニコラが感じたのは地中深くのマグマかもね。それなら、さっきの地震はマグマの移動によるものなのでしょう。むこうっていうのは……炎の国中心部の、城の方向かしら。そっちの方に動いたのであれば、噴火が起こるのはここからもっと炎の国の中心に近い火山かしらね……」
だんだん地震が収まり、ニコラのつぶやきを拾ったアニーが周囲を確認して立ち上がりながらそう言った。
「いったん、ここを離れてもう少し中心部の方を調査してみましょう」と言うアニーの言葉を受けて、湖の底部分にいたリックも急いで合流し、皆は再びノアラークに乗り込んだ。
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「この壁、帯みたいな模様がたくさん入っていてすごいね」
翌日、一行は草の国との国境近くという、ヴァルティナ山脈の中でも外側だった場所に移動していた。
ニコラたちはそこで、五千年前の『破局噴火』でできたという広大なカルデラの淵に立ち、そびえ立つ壁の断面を見ていた。
この壁は、その『破局噴火』の際に降り注いだ、火山灰や溶岩等が層となって固まってできたものらしい。
これらは、湖の底でスコップ片手に地面を掘っていたニックが教えてくれたものだ。
そのニックは今、この壁の正面ギリギリに立ち、顔に布を当てて
「ああ、キラキラと輝いて美しい……手に取ってじっくり観察したい……いや、しかし、ここは歴史的にも重要な資料だから不必要に手を加えるのは……」などと、壁に向かってぶつぶつ呟いている。
そんな一人で騒がしいニックとは対照的に、ニコラの反対側にいたエディは顎に手を当て静かに壁の模様を観察していた。
「……この国も、一筋縄ではいかないらしい」
ずっと無言で壁を観察していたエディが、逡巡を終えたのかため息をつきながら壁から視線を外して言った。
エディが後ろを振り向くと、いつからいたのだろう。少し離れたところでアニーが地面に手をつき、目を閉じて額に汗を滲ませながら何やら意識を集中させている。
と、フッとアニーの顔の緊張が取れたかと思うと瞼がおもむろに開き、アニーは横に立って様子を見守っていたヘインズに険しい面持ちで目配せをした。
そのさらに奥では、ロイドが一人でこれまた険しい顔をさせながら城のある方向を静かに見つめていた。
ロイドの様子に、地面から手を離して立ち上がったアニーとヘインズは遠くから注意を払う。
いつの間にか、カルデラ壁の前面にいたエディが自分達の近くにやってきて様子を伺っているのに気付き、アニーはさらに周囲に視線を配る。
みんな自分の仕事はすでに終わったようだった。
「……一度、ノアラークに戻って情報を整理しましょう」
アニーは立ち上がり、各々自由に時間を過ごしていた皆に再びそう告げた。
ノアラークの操縦室に全員が集まった。
アニーやエディ、ロイドの表情は相変わらず硬いままだ。
その雰様子を察してか、集まった全員を包む雰囲気も重く感じる。
「さて、今回の依頼について、ひとまずみんなの意見をまとめましょう。エディ、あなたカルデラ壁を熱心に見ていたけれど、何か分かったかしら?」
「ああ……アニー、お前たちが冒険者組合で調べた情報によると、このカルデラは五千年前に『始祖の乙女』が起こした『破局噴火』でできたという話だったな。そして、今の皇帝一族が国を統一した時にも噴火し、その時に城の後ろのカルデラができたと……つまり、この土地で起きた噴火は
「ええ、確かにそういう話だったわ」
「……この土地は、少なくとも
エディの発言を受けて、その場の空気が静まり返った。
もしかして、この依頼は実は想像以上にかなり
「……先ほどのアニーの言葉が本当だとしたら、あいだの一回が故意に歴史上から消されているということになる。どういった目的で歴史から葬り去られたのかは現時点では分からないが、その消された一回の謎が、今回の依頼に深く関わっているように俺は感じる」
「そう……ありがとう。次に私の方だけど、地面の広範囲に電気を流して調べてみたけれど、やはり、カルデラ内の地下十キロ以深にマグマと思わしき物質の存在を確認したわ。さらに、さっきロイドとも少し話したのだけれど、炎の精霊達も国の中心部により集まっているようだということだったわ……」
その場にまた静寂が流れた。
エディやアニー、ロイドの話を聞いて、おそらくこの場の全員の頭の中に最悪のシナリオが浮かぶ。
集まった時よりも、さらに重く息苦しい雰囲気がこの場を包んでいた。
だれもが思っていることはあるものの、言葉が出ない。
体感的に、果てしなく長い時間を過ごしているような不思議な感覚だった。
が、ついにアニーが静寂を破り言葉を続ける。
「……つまり、今までの話を総合すると……炎の国での破局噴火は単発ではなく周期的である可能性があり、地震やカルデラ湖の枯渇は次回の破局噴火の予兆である可能性が高く、その破局噴火には国全土の炎の精霊たちが関与している可能性がある。と、いうことね……この仮説が正しかった場合の、被害規模を考えただけでめまいがするわ……」
これほどの重大内容で半端なことはできないからと、アニーはエディに至急、カルデラ壁の年代調査をするよう指示した。
どんなに早くても一週間はかかるということで、その間、ニコラはノアラークでいつも通りみんなのこり治療に専念していた。
他のみんなはというと、破局噴火を想定した人や動物たちの避難計画を立てていたり、経済的損失の見積もりと復興計画を作成していたりと、落ち着かない様子で自身の専門性を破局噴火の対策に発揮していたようだ。
おかげで、患者はいつもより多く、あっという間に時間が過ぎていった。
早一週間が過ぎようとしていたころ、ついにエディが自室から出てきた。
その一報を聞きつけ、ベルで呼ばれる前に全員が操縦室に集合していく。
先んじて操縦室の片隅でアニーと会話するエディの姿は、随分とやつれたように見えた。
おそらく夜を徹して作業していたからだろう、いつもよりも髪や服は乱れ、無精ひげが生えている。
全員が集まったころ、エディが調査結果を報告した。
「やはり、この地での破局噴火は三回だった。最初の破局噴火は
ここまで話して、エディは一瞬口を噤んだ。
想像していた中でも、おそらく最悪のシナリオだった。
皆が目を伏せ、続くエディの言葉に心の準備をしはじめる。
少しして、エディも覚悟を決めたのか、ようやく重たい口を開いた。
「これらの破局噴火はすべて同一のものであり、およそ
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