17 動き出す、鼠たち

「……これは単なる独り言だが、今、水の国の王族は、とある少女を血眼になって探しているらしい。王都に向かう途中で攫われたという可哀想な少女だ」


『適性識別装置』の中にできた小さな太陽を興味深そうにまじまじと見つめ、和気あいあいとしている集団から一歩離れたところにいたアニーに、グレゴリーが小さな声で呟いた。

 アニーの視線は変わらず楽しげな集団に向けられていたが、眉毛が一瞬ピクリと動く。


 やはり、か……と、アニーはグレゴリーの呟きを聞いて思った。

 

 ニコラの魔法適性は、明らかに常軌を逸している。

 そもそも、乙女に対する価値観が他国と全く異なる土の国や、単純なバトルロワイヤルで乙女を決めている炎の国ならともかく、それ以外の大半の国々において、平民から乙女候補が出るなど基本的にほぼあり得ないのだ。


 魔力は血に宿る。

 

 平民の血と、貴族の血は別物だ。

 それらは基本的に交わらず、むしろ世代が継承されていくに従って、どんどんと差が広がっていく。

 ……はずだった。


 しかも、水の国で光魔法の適性を持つなど、水の国建国以来の大事件であろう。

 それを、水の国の王族たちが見過ごすはずがなかった。


「本当に、あのタイミングでニコラを拾えたのは幸運だったわ」と、アニーは改めて思っていた。


 何も知らない領主が王族への一報と共に慌てて王都に送り出し、王都に住む王族たちの耳に情報が届いて動き出すまでのわずかな時間……まさに、あの時はそういうタイミングだったのだ。

 

 これからきっと、水の国の王族たちは必死にニコラの情報を集め、あらゆる手段を講じてニコラを手中に収めようとしてくるだろう。

 ニコラをさらったのが私たちであることも、あの御者からの証言でとっくに知っているに違いない。

 

 裏の方の対処はエリックに任せるとして……念のため、今後は極力、水の国には近づかないようにしよう。

 と、アニーはニコラたちの和やかな様子を眺めながら考えていた。


 

 ⚚ ⚚ ⚚



「さて、ひとまず冒険者組合の用事は終わったとして、今日はこれから服を買いに行くわよー!」


 ロイドとニコラの冒険者登録も無事終わり、建物の外に出る。

 まだ冒険者組合で色々な情報を集めたかったなと、後ろ髪を引かれているロイドとニコラに、サリーが元気よくそう言った。

 

 冒険者組合を出る前、一行は三手に分かれていた。

 アニーとヘインズは冒険者組合に残り、これから向かうヴァルティナ山脈の情報を集めるらしい。

 また、情報収集班であるエリックとエディは、街に戻って古い知り合いを訪ねて行くとのことだった。

 

 残された、というかサリーに捕まったロイドとニコラは、これからサリーと共に服を買いに行くことになった。

 

 サリーと服を買いに行くのは自分だけなのかと思っていたが、これからの旅に必要な皆の服も買う必要ができたため、『荷物運びの手伝い』という名目で丸め込まれたロイドも同行するようだ。


「ふふふ、大丈夫。ロイドちゃんも守備範囲内よ。この機に服を新調しましょう。そう、これはついでよ」と、サリーは上機嫌だ。

 その一方、ロイドの表情は暗く沈み、二人の後ろをとぼとぼと付いてきていた。


 この街は、城門から入ってすぐのエリアは平民の居住区だった。

 土のブロックが積まれた背の高い建物が密集し、そこかしこに洗濯物のような生活感を思わせる風景が並ぶ。

 

 街の中心に進んでいくと、次に見えるのは市場だった。

 屋台が数多く並び、野菜や肉、魚、香辛料といった食材が商品として並んでいる。

 

 そこを過ぎると日用品や古着等、武器や薬などを取り扱う店舗のエリアがあり、その先に冒険者組合のような大きな建物が並ぶエリアとなっていた。

 そして、さらに奥には、おそらく富裕層向けの商品が並ぶ綺麗な店舗が多くみられ、貴族等の居住区や城へと続いていた。


 ニコラはてっきり、冒険者組合から城門の方へ戻り、平民用の古着の店に行くのかと思っていたのだが、「こっちよ」とサリーが足を進めたのは、そちらとは反対側の富裕層向けのエリアだった。

 

 え? こっち? 場違いなのでは……?

 と、周囲の雰囲気と自分の服装の落差に気後れしながらも、サリーの後について行く。


 そうして辿り着いた先は、富裕層向けのお店が並ぶエリアの中でも、さらに大きく豪華なお店の前だった。

 

 店の出入り口に立つ屈強な男性はサリーを見やると、うやうやしくお辞儀をして扉を開ける。

 そのままサリーに促されるようにして、おずおずとお店の中に足を踏み入れたロイドとニコラにサリーは言った。


「私のフラージュ・ボンボンへようこそ」

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