6 家族へ、私は元気です

 ロイドの部屋を出て、借りた本を片手に来た道をとぼとぼと戻っていると、向こうの方からアニーがやってくるのが見えた。


 こちらに気が付いたのか、少し駆け足になってこちらに近づいてくる。

 やらかしてしまった自分に後悔でいっぱいだったのだが、笑顔で手を振るアニーの姿に心が癒やされる。


「ロイドとの話は終わった? ちょうど、ニコラの部屋の準備ができたから呼びに来たのよ」


 ニコラの家は程々に貧しかったから、今まで自分の部屋と呼べるようなものは当然なかった。

 それどころかほとんどのものが家族や弟と共用だった。


 なので、アニーに案内されて着いた人生初となる自分の部屋に、これまで渦巻いていた感情は一気になりを潜め、ニコラは純粋に感動に胸を震わせた。


「わぁ……素敵……!」


 急遽住まわせてもらうことになったものだから、部屋の準備ができたと聞いて物置部屋とかそんな所かなと思っていたのだが、とんでもない。


 先程のロイドの部屋より一回りくらい小さいものの、部屋にはベッドと、小ぶりではあるが机と椅子と本棚が置かれていた。

 机の上には丸い窓があり、外の景色を見ることができる。


「ふふふ、喜んでもらえてよかったわ。この部屋はね、私の部屋の隣なの。元々は私が物置部屋として使っていたんだけど、女同士お隣が良いかなと思ってね。大急ぎで片付けたものだから、まだ少し埃っぽいかもしれないけど……この部屋、ニコラの好きにして良いからね」


 物置部屋というのは当たっていたんだ……。

 とは頭の片隅で少し思ったものの、初めての自分の部屋に浮かれて気付けばフラフラ部屋を歩きまわっていた。

 ロイドの部屋でも思ったけど、ベッドも棚も、その部屋にある何もかもが目新しく、上に下にと興味津々で見て回る。


 その様子にアニーは気を遣ってくれたのか、「お腹空いたでしょう? そろそろ夕食の時間なの。食堂の様子を確認してくるから、ちょっと待っててね」と、一旦部屋から出ていった。


 アニーを見送り、ニコラは早速、机の上に本を置きベッドに横たわった。

 家ではベッドは藁などで出来ていたから横たわるとチクチクしていたが、このベッドは藁ではない何かが詰められて、ふかふかしていて気持ちがいい。


 澄んだ空気を鼻からお腹いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 肌に触れるパリッとしたシーツがヒンヤリとして気持ちがいい。

 

 ニコラは仰向けの姿勢になって、初めて見る天井を眺めながら今日のことを思い出していた。


 馬車で王都に向かっていたら突然空賊に襲われて、ノアラークと呼ばれるこの船に乗ることになって、アニーやヘインズと出会って、自分以外の魔法に強い適性があるというロイドに出会って、自分の部屋をもらって、今ここにいて……


 たった一日の出来事だというのに、本当に色々なことがあったなと振り返る。


 そういえば、私が王都に向かう途中で攫われて、家族はどうなるんだろう……と、ふと家族のことが頭に浮かんだ。

 あんなに別れを惜しんで送りだしてくれたのに、私が空賊に攫われたと知ったら、どんなに悲しむだろうかと考えると心が痛かった。


 縁を切らされたようなものだから、いずれにしても消息不明なことに違いはないが、それでも家族のことを考えれば考えるほど気持ちが沈んでいく。

 でも、どんなに考えても私に今できることなんて何もないのだと認識するだけだった。


 暗くなっていく思考を手放して目をつぶり、自分がいない日常を過ごす家族に思いを馳せる。

 

 直接伝えることはできないけれど……お父さん、お母さん、ニコラは良い空賊の人達に拾われて元気にしているよ。だから、心配しないでね。

 と、心の中で家族の笑顔を願いながらそう呟く。


 目を閉じているとふかふかなベッドのせいか、これまでの疲れが一気に襲ってきた。

 身体が鉛のように重くなってきて、意識もだんだんと沈んでいく。

 

 薄ぼんやりしてきた意識の中で思い出したのは、ロイドのことだった。

 ロイドの悲痛な表情と言葉が、小さなくさびのように心に引っ掛かっている。


 何かを思い出して苦しそうだったな。

 私に何か出来ることはないのかな。


 そう考えながら、ニコラは静かに夢の中に落ちていった。

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