30 爆ぜろ、爆発系炎魔法・エクスプロージョン

「正直、飛蝗バッタには一般的な炎魔法はあまり効果がないと思うの。だから、少し難易度は高くなってしまうけど、より威力の強い爆発系炎魔法をニコラには習得してもらいたいと思っているわ」


 操縦室でアニーに声をかけられたニコラは、アニーと共に食堂に移動し事の詳細を聞いていた。

 気を利かせてくれたサリーが、そっとケーキとお茶を差し入れてくれる。

 

 アニーの横にはヘインズとテッドもいた。

 今回の蝗害対策はアニーとヘインズ、生物学が専門のテッド、そしてニコラの四人が中心となって行う予定らしい。

 

 期せずして主要メンバーに組み込まれてしまったニコラは、目の前のおいしそうな、いつもだったらすぐに食べきってしまうような魅力的なケーキにも食指が動かなかった。

 カップに注がれたお茶の水面に映る自分の姿を、ひたすらに見つめる。


 アニーが言うには、テッドが飛蝗の行動調査や進行予測を行い、ヘインズが蝗害対策として効果が期待できるという殺虫剤や生物農薬の調達と散布を行い、ニコラが爆発魔法で飛蝗を物理的に駆逐していくということだった。

 

 爆発魔法を使用しなくても、ヘインズが担当の殺虫剤や生物農薬で事足りるのではと頑張って質問してみる。

 しかし、殺虫剤は環境に与える影響が大きく、生物農薬は飛蝗駆除後の予測が難しいためにできればニコラの爆発魔法をメインで考えたいとのことだった。

 

 逃げ道が塞がれてしまい、渋々、自身が唯一持つ魔法の教科書である『実践魔法・入門』を確認する。

 だが、本にはアニーの言う爆発魔法の記載はなかった。

 

 あれ? これもしかして、本に載ってないなら残念ってことで免れないかな?

 なんて淡い期待に縋ろうとしていると、ニコラを心配し気遣いを見せながら話をしていたアニーが、意を決したようにスッとニコラの前に『実践魔法・初級』『実践魔法・中級』『実践魔法・上級』の三冊を差し出してきた。


 目の前に積まれた三冊の厚みに目が点になる。

 断たれた……悪あがきもダメだった……と落ち込んでいると、アニーが両手を握りしめてきて言った。


「今回、少なくとも初級のバースト破裂しろ、できれば上級のエクスプロージョン爆発しろを習得してもらうことになるわ。それもシャリフ皇太子と合流するまでの四日の間に……一緒に頑張りましょう」


 それからは地獄の特訓の日々だった。

 

 ボブに事情を説明して、こり治療の方はお休みさせてもらった。

 ニコラの治療を求める実験体達の小さな悲鳴が聞こえたようだったが、それには目もくれず、午前中の雑用係が終わったらそのままアニーの元で炎魔法の理論やイメージを学び、目標とする爆発系炎魔法の習得に向けて一足飛びで実践と修正をひたすら繰り返していった。


 爆発系炎魔法の理論とイメージを自身の中に落とし込むのには時間がかかった。

 しかし、光魔法での経験があり、炎魔法への適性も魔力も十分だったためか、こと実践に至っては思いのほか順調に進んで行った。

 

 そして、炎の国から土の国に移動し始めてから四日後、ニコラはギリギリで上級の爆発系炎魔法であるエクスプロージョン爆発しろに手が届いた。


 爆破の規模の調整がまだだったが……。

 まあそれは、シャリフ皇太子と合流してからでも問題ないだろうとアニーと話す。

 

 後はシャリフ皇太子と合流するだけだと、僅かに出来た時間をゆっくりと過ごしていた。

 だが、合流地点の上空にノアラークが差し掛かった時、ニコラとアニーを含めたノアラークの全員が、見降ろした地上の様相に驚愕することとなる。

 

 そこは、個が集団を成して波のように蠢く、黒き悪魔の海だった……。


 それはまるで地獄絵図のようだった。

 

 何百億匹いるという飛蝗は地表には収まりきらず空中をも飛び回り、それは上空から見下ろすノアラークにも届きそうな勢いだった。

 ノアラークの甲板に全員が集まってきて、眼下の壮絶な光景に、皆言葉を失っているようだった。


「あ、これはヤバイ」


 皆がこの世のものと思えない光景に静まり返る中、甲板の最前面で床に手をつき落ちないように地上を確認していたテッドが声を発した。


「あの飛蝗どもの中に、一般的なサイズより二回りくらい大きい飛蝗がちらほらいやがる。こりゃしかかっているな。早急に対処しなければとんでもないことになるぞ」


 テッドの言葉を聞いてニコラはハッとした。

 そう、この世界には『魔物』と呼ばれる生物が存在していた。


 魔物とは精霊が動物などに受肉したものだ。


 魔物は得てして、受肉前と比べて体は大きく非常に攻撃的で、動物がそもそも有している特性は強化される。

 しかも、受肉した精霊によっては、魔法まで操るようになるらしい。

 

 テッドが続けて言うには、魔物化した飛蝗は普通の飛蝗に比べてさらに高く飛び、繁殖力は増強され、下手したら肉食化する可能性すらあるということだった。

 ただでさえ苦手な虫が大きく狂暴になっているという事実に、ニコラの顔が青ざめ足元にへたり込む。


 蠢く飛蝗の波に、身も心も飲まれそうになる。

 申し訳ないけど、このまま飛んで帰りたい……。


 そう思っていた時、ピューーーーー! という甲高い音が周囲に鳴り響いた。


 音のする方を見ると、数百羽にも及ぶほどの鳥たちが隊列を組むように集団で飛行し、あの黒き悪魔の波へぶつかっていくところだった。

 

 鳥たちは何度も飛蝗の集団の中に入っては出たりを繰り返し、飛蝗の侵攻をまるで妨害するかのように飛行している。

 加えて、特に魔物化しだした飛蝗を中心に飛蝗を捕食しているようだった。


「あれはきっとシャリフ皇太子の鳥たちね。シャリフ皇太子と合流しようと思っていたけれど、どうも状況はかなり悪いみたいだし、先に魔物化した飛蝗を減らしましょう。ニコラ、エクスプロージョンは使えるかしら?」


 アニーの問いかけに、ニコラはぐっと下唇を噛みしめる。

 もう逃げられない……そう思って、頷いて肯定の意を表した。

 

 虫は本当に苦手だ。

 それがさらに大きくなっているなんて、考えただけで鳥肌が立ってくる。

 

 でも、このままだと魔物化した飛蝗はさらに狂暴化して、もしかしたら人を襲うかもしれない。

 怖いし気持ち悪いけれど、あの鳥たちも頑張っているし……ここで叩く!!


 飛蝗の集団の中でもひときわ大きな飛蝗を見つけ、体内の魔力に意識を集中させる。

 そして、鳥たちが一旦、飛蝗の群れから大きく離れた瞬間を見計らって言った。


エクスプロージョン爆発しろ!!」


 その瞬間、カッ! という光と共に轟音がとどろき、飛蝗全体のおよそ五分の一ほどの大きさが爆炎に包まれた。


 数秒遅れでその爆風がノアラークに届く。

 身体を守るように身をかがめつつ、熱を帯びた爆風を全身に受けながら、ニコラは「ちょっとやりすぎたかも……」と考えていた。

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