31 シャリフ・イル・ブーンディー皇太子、とは

「……結構、思い切り良くいったわね。これは想像以上だったわ。」


 ニコラのエクスプロージョン爆発しろで吹っ飛んだ地面の跡を見ながらアニーが呟いた。

 周りのみんなもエクスプロージョンの規模に言葉を失い、心なしか眼下にうごめ飛蝗バッタの動きも突然の状況に狼狽うろたえて緩慢かんまんになったように感じる。

 

 ポッカリと抉れた地面を見ながら、この重い雰囲気をどうしたものかと考える。

 そんな時、またピィーーーー! という甲高い音が遠くから聞こえたかと思うと、先ほどまで飛蝗の集団の中に飛び込んでいた鳥たちが方向転換して、首都のあるオアシスの手前の開けたエリアに飛んでいくのが見えた。

 

 その内の先頭を飛んでいた一羽が、集団から外れてこちらに向かって飛んでくる。


 ノアラークの方へ飛んできた鳥はタカだった。

 タカはニコラたちの頭上を数回旋回したかと思うと、甲板に両手をついて下を眺める態勢のまま、空を見上げていたテッドの方に降りてきて肩に止まった。


 テッドは一拍置いた後ゆっくりと膝立ちで上半身を起こし、肩に止まったままのタカに自らの腕を差す。

 タカは差し出された腕に大人しく移動し、たまに小首をかしげながらテッドと見つめ合っていた。


「お前、キールか! 随分と立派になったもんだ!」


 テッドはそう言いながら、キールと呼ばれるタカの羽を手の甲で優しくなでた。

 キールはピィと鳴いてうれしそうな様子に見える。


「キールは私たちのお迎え係かしらね。少し合流予定地点からズレるけれど……指定された場所は飛蝗の海の中だし、他の鳥たちが飛んでいったあちらの方にシャリフ皇太子がいるのかしらね」


 アニーはテッドとキールの様子を少し観察した後、もうだいぶ小さな姿になっている鳥たちの集団が向かっている方向を見ながらそう言った。


「よーし、キール。シャーリーの元に案内してくれるか!」


 ひとしきりキールを愛でたあと、テッドはそう言って立ち上がり、キールが留まっていた腕を勢いよく空に向かって押し出した。

 キールはその勢いに乗って羽を広げ空に飛び立つ。


「ジル! このタカはシャリフ皇太子の案内係よ、ついて行ってちょうだい!」

『了解』


 ジルの声が周りに響く。

 すると、ノアラークがゆっくりと動き出した。

 

 鳥たちが飛んでいった方向とノアラークの間を旋回していたキールは、ノアラークが自分の方に動き始めたのを確認すると身体をひるがえす。

 そして、スーとノアラークのさらに前方に躍り出て、左右に揺れながらゆっくりと鳥たちが向かって行った方角に飛んでいった。


 下で蠢く黒き悪魔たちは最初の頃のような勢いは消えたまま、ノアラークが頭上をゆっくり通過するのを見守っているようだった。

 その様子は不気味なほど静かだった。



 ⚓︎ ⚓︎ ⚓︎



 飛蝗たちの集団から少し離れた場所、首都のあるオアシスを背後にいただく開けた砂漠地帯にシャリフ皇太子率いる一団はいた。


 キールの案内で簡易的なテントがいくつか張られた場所に辿りつき、それらから少し離れた場所にノアラークを泊める。

 ひとまず、今回の依頼の主要メンバーであるアニーとヘインズ、テッド、ニコラの四人でシャリフ皇太子への謁見えっけんに向かうことになった。


 ノアラークの外に出てみると、砂漠は太陽の照り返しが眩しくて思わず目を細める。

 

 日差しも肌に突き刺さるように痛く、サリーが見繕ってくれた帽子と薄手の長袖を着てきて正解だった。

 空気も炎の国・ヴォルカポネ以上に暑く、汗が一気に吹き出してくる感覚がする。

 

 先程までノアラークがいた場所を見てみると、相変わらずうごめく飛蝗の集団が目に入った。

 飛蝗達がいる場所はここよりも凹地くぼちになっているようで、飛蝗の黒い集団が斜面の下に固まっているように見えた。


 すでにノアラークの外で待機していた男性に案内され、いくつかあるテントの中でもひときわ大きく豪華なテントに足を運ぶ。

 テントに向かう途中で、鳥たちがサボテンにとまり、用意された水やフルーツを啄みながら羽を休めているのが見えた。その中に、先ほどのキールの姿も見える。

 

 たどり着いた一番大きなテントの中は不思議と涼しかった。

 少し歩いただけにも関わらず慣れない環境に消耗していたニコラは、涼しい屋内にホッと一息つく。


 案内されるままに、テントの奥の方へと一行は進んで行く。

 一番奥の区画で待ちかまえていた男性こそが、今回の依頼を出したシャリフ皇太子その人だった。


「アニー、久しぶりだね! 学園以来だから実に十年ぶりだが、君はますます美しくなったね。こんな美しい君に再会できたことを神に感謝しなければ……そうそう、この度は私の依頼を受けてくれてありがとう。ヘインズにテッドもまた会えてよかった。エリックは元気にしているかい?」


 シャリフ皇太子の第一声は、思っていたよりも随分と軽いものだった。

 そのあまりにも気さくな様子に、アニーはあきれたようにため息をつく。


「……シャーリー、あなた、皇太子になったのに全然変わらないのね……エリックも元気よ。外の飛蝗達のことなどまだ知らずに、きっと今頃スヤスヤ寝ているわ」


「相変わらずの昼夜逆転だね! はは、僕だけじゃない、みんなも全然変わらないよ! いや本当に、あの頃の記憶が昨日のことのようによみがえってくるなあ」


 エリックが寝ていると聞いて、シャリフ皇太子は破顔はがんした。

 旧友との久しぶりの再会にシャリフ皇太子はみんなの元に歩み寄り、一人一人と言葉を交わしていく。


 少しして、シャリフ皇太子は旧友たちとの視線から一段下にいるニコラの存在に気が付いた。


「ん? 知らないお嬢さんがいるね……はじめまして、私はシャリフ・イル・ブーンディー。この土の国・ロックドロウの首長一族の一員にして、次期首長たる皇太子を務めている。可憐なお嬢さん、君の名前を伺ってもいいかな?」


 シャリフ皇太子はニコラの前で膝をつき、自然とニコラの手を取って甲にキスしながらそう言った。


 ニコラは自分に目線を合わせてキラキラと眩しい王子様然な決め顔を向けてくるシャリフ皇太子に圧倒されて硬直する。

 チラッとアニーの様子を窺ったら、アニーは頭を手で押さえ、やれやれという表情をしていた。

 

「……ニコラといいます……はじめまして」

 

「ニコラというんだね、素敵な名前だ。これから、どうぞよろしくね……それで、君のような可愛いお嬢さんが大人たちに交じってここにいるということは、もしかして先ほどの魔法を使ったのはこの子だったりするのかい?」


 シャリフ皇太子はつたないニコラの挨拶にも満足そうにさらに穏やかな笑みを深めると、その笑顔のままでアニーに視線を向けそう問いかけた。


 普通は、子供があの規模の爆発を起こしただなんて思わないだろう。

 ここにニコラがいる意味を察知し、柔軟に考えることのできるシャリフ皇太子の聡明さに驚く。


「……ええ、そうよ。あれはこのニコラが放ったエクスプロージョン爆発しろの魔法よ」


「それはすごいね! 我が国にも魔力の高い土の乙女達がたくさんいて何度か彼女達の魔法も見たことがあるが、規模がまるで違うよ! ニコラ嬢の助けがあれば、あの忌々しい悪魔どもをようやく一掃できそうだ」


 シャリフ皇太子は素直にニコラを称賛していたが、ニコラを見つめる目は口から出てくる言葉とは裏腹に鋭くニコラを射抜いていた。

 その目は猛禽類のような獰猛さを秘めているようで、炎の国で何度も向けられたものと同じものだった。

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