12 一石二鳥、いや三鳥の提案
「そうか。昨日、魔素や魔法について自覚できたんだね。それなら話は早い」
光魔法が全身を巡る感覚を自覚できたあと、そのあまりの心地良さに、ニコラは気が付くと机に伏して寝てしまっていた。
翌朝、ロイドが迎えに来てくれた音で目を覚まし、慌てて準備をして部屋を飛び出す。
本の感想を聞いてくるロイドに、昨日のことを話しながら雑用係の仕事を終わらせたニコラは、仕事の後に体を清めて昼食を取り、ロイドとともに再びボブの部屋を訪れていた。
同様の内容を伝えると、ボブは非常に興味深そうにニコラの話を聞いていた。
適性の高い魔法は、より自覚しやすいらしい。
ボブは元々雷の魔法にしか適性がなかった。
しかし、医学に携わり、治療を行ってきたためか最近少し光魔法を扱えるようになってきたということだった。
ボブの部屋の机にも同じランプが置かれているが、付けても体がじんわりと温まるなと感じる程度で、帯状の何かを知覚したり、全身を巡って緊張をほぐしていく感覚を覚えることはないらしい。
「本当に、強い適性というのは得難い才能だね。特に、光魔法は光の国・シャイネポリスの独占状態だったから、ニコラを通じてこれから色々知ることができると思うと、胸の高鳴りが抑えきれないよ!」
ボブはまた、頬を
ニコラの隣に座ったロイドが、ゴホンゴホンと咳払いしてボブを現実に引き戻そうと試みている。
「でもそのまま寝てしまって、各章の実践のところはまだ読めていないんです」
ロイドのボブの引き戻し作業に加担する。
この発言は運よく耳に届いたようで、ボブはハッと我に返ったあと、「失礼」と少し咳払いをして二人に居直った。
「まあ、魔法を知覚して急激に世界が広がったようなものだから、疲れて寝てしまったのも無理ないよ。では今日は一緒に魔法の実践を行おう。そうだな、やはりここは光魔法からいこうか」
ボブはそう言うと、『実践魔法・入門』の実践の各章のうち、光魔法のページを開いた。
魔法の実践では、具体的な魔法の現象をレベル別に並べ、ページを進むごとに徐々に難易度が上がっていくような構成になっていた。
それぞれの現象について、発現のイメージや発現した魔法の一般的な規模や注意点なども一緒に記載されている。
光魔法の一番最初は、
これは指先等に意識を集中させ、明かりを灯す魔法のようだ。
今ではこの魔法の代替となるランプの魔道具が一般的に流通しているものの、汎用性が高く有用な魔法ということで重宝されるという。
「強い適性があるということだからね。僕はこのライトの魔法は一年ほど前にようやくできるようになったばかりでまだ発現するのに集中力が必要だけれど、ニコラは簡単にできるようになると思うよ」
ボブは何も心配する必要がないといった様子で、ニコラにライトの魔法の発現方法を指南してくる。イメージとしては、昨日ランプを付けたときに手のひらから吸収されていった小さい何かが今も体中を巡っており、それらが指の先端に集まると同時に「ライト」と言うと発光する感じとのことだった。
胸の前で人差し指を立て、静かに目を閉じる。
体の中、そして指先に意識を集中させていく。
これで何も起きなかったらちょっと恥ずかしいなあ、という気持ちが少し脳裏によぎりながら、勢いよく目を開けて言った。
「
その瞬間、カッ! と目を刺すほどの強い光が部屋中を包んだ。
「わああああ! 目が……目が!」
真っ白でチカチカする視界の向こうからボブの叫び声が聞こえてくる。
横の方からロイドの「おおおおお……」という小さな唸り声も聞こえてきた。
「これは一体……!?」
と思いながら目をしきりに
そこには両目を手で押さえて
⚓︎ ⚓︎ ⚓︎
「とんだ無様な姿を見せてしまったね……まさか初級も初級のライトの魔法が、あんなに危険だったとは……」
数刻してニコラの目潰し魔法から完全に回復したボブが、思い出しながらしみじみとそう言った。
ふう、と落ち着いた様子で椅子に座り、優雅にお茶を嗜んでいる。
罪悪感があるものの、「いやしかし、ライトの魔法があんな風になるなんて、貴重な経験だった!」などと少し興奮しているようにも見る。大丈夫そうで良かった。
一方、横に座るロイドは、まだ時折目を伏せ瞼越しに目をさすっている。
「私が上手くコントロールできなかったせいで、二人に迷惑をかけてごめんなさい……」
いまだニコラの魔法の余韻の残る二人に、しょんぼりと肩を落として謝る。
『実践魔法・入門』を確認すると、
先程のように目潰しできるほどの強さなんて当然なく、あの規模の魔法になってしまった原因は、自分の未熟さゆえに他ならなかった。
「いやいや、ニコラが謝ることではないよ。我々の想定が甘かっただけだ。光魔法に強い適性があること、昨日魔法を知覚したばかりでコントロールの方法を知らなかったこと、魔力を指に一点集中したこと……今考えてみると、魔法があのように暴発してしまっても全く不思議ではない。だからニコラが気にする必要は全くないんだよ」
ボブはそう優しく語り掛ける。
横にいるロイドも、目が合わないものの、うんうんとボブの発言に同意しているようだった。
「ただ、これからの魔法の勉強は少し考えなくてはいけないね。ニコラを普通の枠で考えるのは難しそうだ」
そう言うと、ボブは口元に手をやり真面目な様子で状況を分析しだした。
「普通であればライトの魔法から徐々にステップアップしていくところなんだけど、ニコラの適性を考えると、もう少し上の段階から始めてみてもいいかもしれない。あと、並行して魔力操作も訓練する必要があると思う。そこでだ、僕にこの二つの条件を満たすいい案があるのだけれど……」
ボブはそう言うとチラリとこちらの様子を窺った。
そして少し意味ありげに
「どうだろう、このノアラークで
こり治療専門の治癒師とはいったい何だろう?
と、いまいちピンとこなかった。
その様子に気付いたのか、ボブはさらに詳細を説明してくれる。
「ノアラークに乗っている連中は、これまでの人生で多くの時間を机にかじりついてきたからね。みんなまだ世間一般的に若い部類にもかかわらず、慢性的な肩こり、首こり、腰痛持ちだ。もちろん僕もね。そこで僕は、ニコラに我々のこり専門の治癒師になることを提案する」
ボブはそう言うと、拳を胸の前で握りしめ、急にガタリと音を立てて立ち上がった。
まるで演説かのような雰囲気に、ニコラとロイドは若干引き気味になる。
「も、もちろんこれはニコラにとってもメリットの大きい話だよ!? こり治療といった筋肉等の緊張を取るような魔法は、ライトの魔法よりも難しいが、他の治療系の光魔法よりかは簡単だ。そして、体の一部のみが対象のため、魔力操作の訓練にもなる。実験台はこの船にゴロゴロ転がっているから練習し放題だし、しかもこの魔法はもし失敗してしまっても、基本的に命にかかわるものではない……」
こちらの様子に、慌てて説明を重ねる姿がますます怪しく見える。
ただ、聞く内容自体は確かにメリットも多そうではある。
「そう、まさに一石二鳥! いや、それでみんなはニコラに感謝し、覚えめでたく好感度が上がることは間違いないから、一石三鳥の素晴らしいアイディアだよ!」
ボブはだんだん鼻息荒く過熱していき、両手を大きく広げ、目を輝かせてそう言った。
あまりの圧に、出会ってから何度目かの硬直をしてしまったニコラだったが、横にいるロイドのこれまた何度目かのため息が聞こえた気がした。
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