第九章

第34話

 その穴は武器庫とは言えなかった。踏み込んでしばらくすると、天井が高くなって直立で歩けるようになり、通路も人が二人歩ける幅に広がる。さらには足元が漆喰で綺麗に舗装までされている。


「これ、全部浅岡が整備したのですかね」


 後ろからまきがささやく。


「さあな。だが、こんな湿ったところをねぐらにするなら、私だってできるだけ快適にしたいだろうな」


 地下だから湿気と熱気が襲ってくると思っていた。だが空気が常にゆっくりと動く仕掛けがあるらしく、真冬だというのに適温に保たれている。


「分かれ道だ。どうする」


 通路は真っ直ぐ続いていたが、左側の壁をくりぬく感じで階段が現れた。上と下へ続いていて、上はおそらく城趾の上へと出るのだろうと予想がつく。


「下が正解だとは思います」

「同感だ。私とお前で下へいこう」


 そう伝えると槇は素早く指示を飛ばして、隊を三つにわけた。


「手際がいいな」


 感心しながら下への階段を下りだした瞬間、上への階段から鈴の音が響いた。


「あッ……!」


 うめき声が聞こえる。誰かが鳴子をひっかけたのだった。下へ行くにつれ中枢に近づくから警報があるのは予想できる。だから足元に気をつけていたのだが、まさか上へいく階段に警報を仕掛けておくとは。


「やられましたね」


 すると漆喰の壁に、赤い光を放つ帯が走った。壁に埋め込まれて燐光を放つそれは眼には優しい淡さだったが、気持ちを焦らせるのには十分な演出だった。


「急ぐぞ! 槇!!」


 私は用を成さなくなった松明を放りすて、小刀を抜いて階段を駆け下りる。後ろで槇が人数の再編成を矢継ぎ早に飛ばすのを聞き、下の階の通路へとたどり着く。


 すると迎撃のために飛び出してきたらしい呪人形からくりと鉢合わせた。


「邪魔だ!」


 人形が反応する前に懐へ潜り込み、胸の辺りに刃を突き立てて捻る。なにかが割れる手応えが手に伝わってきて、人形はくずおれた。


「先生! 突出しないでくださいよ!」


 槇たちがようやく追いついてきた。


「ここが最深部ですかね?」

「いや。攻め込まれたことを考えて、別のところに階段があるはずだ」


「どう進みます?」

「道の両脇に部屋が点々とある。それを全部しらみつぶしにいくしかない」


 それだけ言って、私はまた走り出す。城趾のある山の中心へと、方向感覚だけが頼りだった。


「奥に行く理由はあるんでしょうね、先生!?」

「翠姫を大事な実験材料として置くなら、自分のねぐらちかくに置いておきたいだろう」


 すると壁から人形が抜け出てきた。そう思ったが、壁に沿って作られた部屋の出入り口から出てきただけだった。小刀を投げて頭を貫き、刀で胴体を突く。


 人形はさほど手強くない。警備用というより、この地下施設を整備するための作業用といった感じだ。


 人形が出てきた部屋を覗くと、どこかで見た獣の骸が転がっていた。蝎獅かつしだ。


「これは……」


 槇がとなりから覗き込んでくる。背後を同心たちや岡っ引きが塊になって駆け抜ける。この階層の部屋を調べるように槇が手配したのだろう。


「浅岡の使う呪人形からくりだ」


 よく見れば骨格が見えているだけで、壊れている気配はない。足が四本揃っているのを見るに、私が相手をしたやつではなさそうだ。


「作りかけらしいな」

「出来損ないで良かったですよ。こんなもの、相手にしたくはありませんから」

「そうだな」


 こんな閉所で蝎獅かつしは相手にしたくない。


 その場は特に調べることもなく、さらに奥へと向かう。進んだ先で同心たちが倒した人形の残骸を見送る。彼らでも十分に相手できる程度の脅威らしい。


 その先で階段を見つけた一隊の誘導をうけてさらに下層へ降りていく。

 勢いをつけて駆けていたときにふと気づき振り返ってみると、私についてきているのは槇だけだった。


「槇。ほかのは?」

「流石にこの上の階までにさせましたよ。僕らは本職ですが、彼らは兼業ですし」


 ぬるいというべきなのだろうか。あるいは私の感覚が歪んでいるのだろうか。だけど槇の言い分も正しいと思う。こんな地下深くまで人の身で立ち入るのは、黄泉への旅路のようで生理的に受け付けないのかもしれない。


「一応、地下一階層目と二階層目を封鎖するよう言いつけています。裏側へ回った新島の隊と連携して、飛び出たところを絡め取りますよ」


「出てこなかったらどうする」

「まずは先生の探し人を見つけましょう。そのあと、燻り出しでも仕掛けます」

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