第33話

 まきは部屋を出ていった。代わりに新島にいじまが近づいてきて、私をいましめる手鎖てじょうの錠を外す。


「新島、とかいったか」

「はい?」

「小娘などと煽って、すまなかった」


 新島は肩をすくめた。


「まぁ実際、御年八百歳の前では小娘ですし」

「言うじゃないか」


「嫌みに聞こえたなら謝ります。ですが、こちらも同僚を殺されたと思わされたので」


 新島は小さな火鉢を持ってきて、私のそばに置いてくれた。

 庵で過ごしているから寒さには慣れているつもりだったが、側に熱がくると気が緩むのは変わらない。


「あの血相のかかえかたは、ただの同僚といったふうじゃなかったがな」


 火箸をもつ新島の手が止まる。


「槇とは、つきあっているのか?」

「あなたには関係ないでしょう」

「あるさ。育て親みたいなものだから」


 新島は少し考えた。


「春に、祝言をあげる予定です」

「それはめでたいな」


 火鉢は持ってこられたときよりも暖かさを増していた。


「本当に、そう思っているなら」

「なんだ」

「途中で逃げたり、彼を裏切るようなマネは絶対にやめてください」


 見据えてくる新島の目に、私は黙ってうなづいた。


 ***


 槇は二百人ほどの捕り手を、近くの番所などからかき集めて隊を拡張した。そして私を案内に浅岡の隠れ家へと向かった。


 大原おおはらの里から西へ向かって山を一つ越えると、谷地を挟んで城趾のある山が見えてくる。


「もとは信長公の時代の城だったようですね」


 山をくだって谷地へと向かうところで、槇がなんとなしに話しかけてくる。


「歴史に造詣があるのか?」

「ただの世間話ですよ。ずっと黙って歩くのも気まずいですし」


 私と槇が先頭を歩き、その後ろを京都所司代きょうとしょしだいの手勢が続く。


「ところで先生、どうしてここだと分かったのです?」

「協力者がいてな」


「その人はどこに」

朽木宿くつきしゅく近くの村で休んでいる。あとから追いつくと言っていたから、今向かっている最中だろうよ」


 とはいえ皕瀬ももせのことを待ってはいられない。もしかしたらこうしている間にも、翠姫すいひめの身が危ないかもしれない。


「先生。谷地へ降りれば目立ちます。ここから散開して、城趾を囲んで攻め上がりましょう」

「よし。小刀を貸せ」


 真顔で言ったのがまずかったのか、槇をはじめ回りの人間は気まずそうにしていた。


「すまん。刃物を渡せるほど自由にされているわけではなかったな」

「いえ。そうですね、流石に丸腰では危険ですから」


 そう言って槇は後ろから人を呼び、新しい大小の刀を持ってこさせた。


「はい。僕の予備で恐縮ですが」

「こんなに気安く渡していいのか」


「相手は呪師ですよ? 手練れは一人でも戦力にしたい。それに先生には僕の正面を守っていただきますから」


 私は納得してみせた。それぐらいは引き受けなければ。

 隊は最低二人ずつに散開して谷地を足早に通り過ぎ、城趾の麓にたどり着いた。鬱蒼と木が茂り、城趾は昔日の面影を失っている。


「……!」


 槇は自分の右側に展開してる新島の一隊へ手と目配せで合図を飛ばし、裏側へ回り込むよう指示する。離れていても新島の動きは素早く、十人ほどの部下を連れて駆け出す。


「良いのか。一人でいかせて」

「彼女はじゃありませんから」


 下生えと藪をこいで登っていくと、崩れかけた石垣が目の前に現れた。崩れかけているとはいえ高さは人の丈をはるかに越している。


「槇」


 攻めあぐねていた槇に声をかけ、左に展開している同心や岡っ引きたちが手を振っているのを教えてやる。大声を出せないから大げさな身振り手振りで知らすしかないのだ。


 左方へと動くと、石垣をくりぬいて掘ったらしい入り口を見つけた。


「武器庫、ですかね」

「かつてはそうだったろうな」


 指を湿らせ、穴へと向けてみる。


「風がある。反対側に通じているな。この城趾は信長公のころのものだと言ったな?」

「ええ」


「地面の土が頻繁に踏まれて雑草が生えていない。ここを誰かが使っているのは明白だろう」


「決まりですね」


 すると槇は後ろの同心たちに目配せをする。全員がたもとをたすき掛けで固定し、松明の脂に火を灯す。洞窟では刺叉などの長物は仕えないからだ。だが松明も、それ自体が棍棒のようなものだから頼りに出来る。


「私が先へ立とう。松明を」


 同心から松明を受け取り、私は浅岡の欲望うずまく暗闇へと足を踏み入れた。



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 第八章を読んでいただき、ありがとうございました。


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