第八章
第31話
朝一で村を出てからは舗装された山道を休まず歩く。
すると、昼過ぎには
この
つまり私や
里の中に広がる畑には雪が薄く積もっている。それを取り囲むように寺社や庄屋など人家が立ち並ぶ。武士が陣を張るとしたら、庄屋だろうか。
小高い場所にある庄屋と思しき屋敷を目指す。白い漆喰の塀を構えているところを見ると、それなりに羽振りは良いらしい。
開け放たれた瓦葺きの門の前に、見るからに岡っ引きといったふうの中年がいる。刺叉を立てて門番をしているらしいが、その目は気が張っているというより上の空だった。
「おい」
声をかけると上の空だった瞳に生気が戻り、はっとしてこちらを見てくる。すると男の顔から血の気がひいていった。体中の血が地面に向かって落ちていったような、そういう雰囲気だった。
「あ……! わ……!!」
年甲斐にもなく、情けなく狼狽えている。まあ、たかだか四十年ぐらいではな。なんと声をかければ良かったのだろう。「もし」とか「あの」とかだろうか。
「そう慌てるなよ。この通り、丸腰だ」
男は私の腰に刀がないのを見つけると少し落ち着きを取り戻す。
「な、何しに来た!」
「
「………」
「居ないなら、あの女侍……
「に、逃げるなよ! そこにいろよ!」
「逃げんよ。逃げんから呼んでこい」
「ああ……でも……」
「そんなに心配ならお前はそこにいろ。邪魔するぞ」
「それじゃあ俺が門番を務められなかったことになる!」
なんと面倒くさいやつだ。
「じゃあいかがする」
「……う! ……うう……」
「手っ取り早くいこう。そこで叫べ」
「は!?」
「何もおかしくはない。叫ぶと奮い立つぞ」
すると門番は、人生で一番と思われる金切り声で叫んだ。
やがて絶叫を聞きつけた面々が、物々しい雰囲気を引き連れて門前へなだれ出てくる。多くが庄屋の庭先で寝起きしているらしい。
始めはなんだろうと思って出てきていた彼らだったが、私の顔を見た瞬間に険しさと驚きの混じった表情になる。そして得物を構えてぐるりと私を取り囲みだした。集団になれば腰はひかないし、士気が維持できているのは流石といったところだ。
「何ごとかっ!」
どやどやと遅れて集まってくる侍の声に混じって、女である新島の声はよく通った。そして彼女が私を見つけるのに時間はかからなかった。
「しばらく。……何をそんな、信じがたいものを見るような目で見ている」
新島は素早く上下に目線を動かす。
「丸腰とはどういうことですか」
「そのままの意味だ。ここで捕まっても、私は抵抗しないということだ」
「どういう心持ちの変化ですか。あの赤髪の
「それも全部教えてやる」
岡っ引きたちのみならず、新島たちもざわつく。その多くが仲間割れと見ているようだった。
「では先生を斬っても死ななかった理由もですか?」
門の奥から槇の声がした。一瞬、心臓が縮みこむ感覚に襲われる。だが新島たちの後ろから出てきた槇と出会うと、その縮みあがりも霧散した。
「槇。無事だったな」
「はぐらかさないで下さい」
槇の眼は私への怖れと緊張で一杯だった。
「私のことも、全部話そう。それと、浅岡がどこにいるのかもな」
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