第30話

 朝方。


 山の向こうが白み始めてから、戻ってきた村人総出で後始末がはじった。

 倒された木は太く、年輪も相当に重ねている。倒されたのが惜しい。


「誰も怪我人が出なくて、よかっただよ」


 倒木の枝を落とし手頃な薪や端材にするため集めていると、となりで一緒に作業していた老婆が独りごちるように言った。


「尼さますっげえなあ? あんな化け物相手にしてなあ」

「化生を祓うのも仕事だから」


 取り繕った答えを絞り出す。


「若いもんを何人か伏せさせてたけんども、だーれも出て行けなかっただよ。なっさけねえ」


「それぞれ出来ることがあるだけだ。槍は使えずとも、ああしてのこぎりを引くのは誰よりも早い」


「尼さまに褒められるなんて、もったいねえ。ところで尼さま、刀はどうしたね」


 老婆は、私の腰で虚しく鯉口を開けている鞘を見ていった。


「ああ……。奴に持っていかれてしまった」

「あれまあ。新しいの、見繕ってくるかい?」

「心配にはおよばない」


 その後老婆は「腰が疲れた」といって、他の村人たちとともに一息いれるため引き揚げていった。


「おおい」


 村の入り口から皕瀬ももせの声がした。振り返ると、あの無関心で涼しそうな顔がこちらへ歩いてくる。


「無事だったか、皕瀬ももせ

「無事だと予想しなきゃ、突き刺さったままではおらんよ」


「やはりあの燐光は合図だったか」

「おっ、分かってくれたかね。ハッキリと尾行のことを言っておけば良かったが、あるじどのが刺すことにこだわって気取られても困るしな」


「気取られるほど莫迦ではないぞ。それで首尾は」

「うむ。大原おおはらの西にある城趾に逃げ込んだ」


「城趾?」

「古い山城だったところだ。登り口もわかりにくいから、隠しものには絶好よ」


「地図を描いてくれ。すぐに出る」

「もうか? 後始末の手伝いとかあるだろう」


「悪いが、後始末はお前に頼みたい」

「おいおい忘れては困るな。俺はあるじどのの刀なんだぜ。置いていってどうする」

「私の刀だからだ。気安く仕事を押しつけられる」


 皕瀬は、なんというか不思議な顔をした。何か訴えたいような、抗弁したいような。だが私にも皕瀬を置いていく理由があった。


「皕瀬。お前、寝ていないだろう」

「うん? ああ」


「二日は寝ていないな?」

「おお、よく分かるな」


「人のカタチをしたものとして、きっちり休め」

「なんともないが」

「限界を知るのは今じゃなくていいとは思わないか」


 皕瀬は鼻でため息をついた。


「丸腰で戦えるのか?」

「どのみち、私一人では戦えない。まきたちに浅岡の情報を渡し、助力を頼むさ」


 その後村人たちに、最後まで後始末を手伝えないことを謝った。そして皕瀬を手伝いに置いていくことを伝えて出立した。村にいた相談者全員に拝まれ、名残惜しんでもらえた。


「じゃあ一眠りしたら追いかけるからな、あるじどの」


 村の入り口まで見送りに来た皕瀬たちは、急きょ拵えてくれた握り飯を持たせてくれた。


「あるじどの、髪は下ろさないのか」

「ああ、これか」


 後ろで結い上げたままの白髪はくはつを押さえてみる。初めて結ってみたのだが、首回りが心地よくてそのままだった。


「これで良い」


 私は「じゃあ」と、ひとときの別れを告げた。



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 第七章を読んでいただき、ありがとうございました。


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