第29話

 刀が震えたおかげで、すんでの所で回避できた。すると、さっきまでいたところを光の束がなぎ払っていた。


 空気が焼け焦げた匂いが立ちこめ、はるか後方の樹の幹が丸く抉られて斃れるのが見える。


『あの魚が僕に優先するのかよ! 僕は魚以下の男だっていうのかよお!』

「そういうところだ。翠姫すいひめはお前と同じ命であり、尊重すべき隣人だぞ」

『いかにも坊主臭いこと言いやがって!』


 蝎獅かつしは再び体に緊張感をみなぎらせる。こちらも刀を構えた。


「浅岡。本当にどうしようもなく歪んでしまったな!!」

『良いよ。もう先生に執着しないよ。先生の一部さえあれば良いよ。はらわた一つでも無事に残してもらえればそれで良い』


 勝手に納得し、引き笑いをこぼす蝎獅。


『僕を侮辱した罰。覚悟して下さいね』


 開かれたあぎとの中に再び、作り物の陽光が灯る。絶対にあれだけは受けてはいけない。


 避けたすぐそばで空気が破裂し、当たった物全てが燃える間もなく消滅する。


『避けないで下さい。邪魔な上半身だけを潰すんですから』


 距離をとればあの光束で焼き払われる。近づけば爪と体躯で圧倒される。このままだと確実に討ち取られてしまう。


 三発目の光束が頭を掠める。頭皮に熱を感じるほど近かった。だがさっきからギリギリで狙いを外しているのはなぜだ。


 未だに嬲ろうと侮っているのかと思ったが、蝎獅の体が発射の瞬間に揺れているのを見た。切り落とした右後足側への制動が甘く、射撃の反動に負けている。


 飛びかかりなら両前足で攻撃できるが、射撃直後の止まった状態で右前足を振り回せば倒れてしまう。そこが隙だ。


『動くなぁぁぁあ!!』


 四発目が吹き荒れる。こちらも避けられる方向はそうそうない。私の後ろには民家があるのだ。だから、次の五発目で仕掛ける。


 灼けた色の光が口中に灯る。五発目の光の奔流が放たれた瞬間、光束へ向かって体をひねって飛び込んだ。


 私の全身が消し飛ぶことを躊躇った蝎獅が狼狽える。僅かに光束が上を向き、法衣の肩が焦げる臭いがしたような気がする。それすらも置いていき、体が発揮できる最大のバネで前へと体を飛び込ませた。


 左前足を振りあげてくる。予測できるその攻撃を刃で弾く。明らかに蝎獅の動きは鈍い。背にまたがってやろうかと思ったが、毒針を掲げる尾に気づいて、やめた。


 首に向けて刃を突き刺す。刀は蝎獅の骨格の隙間を抜け、その奥にしまわれている何か柔らかい物を傷つけたようだった。手応えを感じた瞬間に引き抜き、右半身へ駆け抜ける。


 青い液体が首から溢れ、蝎獅が苦悶の声をあげるのを見るに、かなり効いたらしい。次いで右の側面から心臓に向けて一突きする。心臓があるかすらも分からないが、何かを破壊する手応えは確実にかえってきた。


『糞っ!』


 蝎獅の体が大きくひねられ、逃げようという意思が伝わってくる。

 逃がしてたまるか、と、心臓に突き立てた刃をさらに深く突き込む。


『邪魔だ!』


 怒声ととともに右前足が振り回される。なりふり構わずのその攻撃で私は刀を手放してしまい、蝎獅も体幹を崩して転げた。そして復帰した蝎獅は脱兎のごとく逃げ出していく。


「刀がっ」


 蝎獅の体に突き刺さったままの刀を思い出し、追いつくはずもないのに追いかけようとする。だがすでに蝎獅は遠くへと逃げ切っていた。


 逃げる蝎獅の右半身に、ぼんやりと輝いて突き出ている刀が見えた。

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