第27話

 村は田畑に囲まれている。

 

 つまり村へ到達するには、ひらけた田園を歩いてくることになる。私たちは村の物見から、それが歩いてこちらへ来る異様な様子を見た。


「あれは……獅子なのか?」

「見たことがあるのか、あるじどの」

「いや。絵巻物などに描かれている獅子に体躯が似ているから、そうと」


 どう見ても獅子だった。猫を大きくしたような、剛性と柔軟さを兼ね備えた体。丸みを帯びた、血を好みそうな頭。そして鞭のようにしなる尾。あれが獅子でなければなんだというのだ。


「日の本には獅子はいなかったような気がするが」

「当然だ。あれも浅岡の呪人形からくりだろう」

「ほう。随分とおもしろい趣向だなあ」


 皕瀬ももせは面白がっている。こいつの根拠の無い余裕はどこから来るんだろう。


「あんなのを村に突っ込ませて暴れさせるつもりなのか? どこまで奴は……」

「あるじどの。無論、阻止するのだろう?」


「当然だろう」

「幸い、遠くに見えた時点で村人は裏手の山へと逃がした。何人かの男衆に武器を持たせて伏せさせてはいるがな」


「手際が良いなお前」

「言っただろう? あるじどのを支えるのがデキる眷属だと」


 皕瀬の余裕ある笑顔はこちらも笑いたくなる。すると緊張や腹のこわばりが無くなった。


「じゃあ、あとは奴を仕留めて止めるだけだ。皕瀬、何か得物を」

「え?」


「え? じゃないだろう。お前と私で止めるんだろう?」

「ああー、そういうつもりだったか。失敬」

「どういうつもりだったんだ」


「いや、俺は刀だし、一応まだあるじどのの所有物だ。だから刀に戻って本分を果たそうと思っていた。別に直接動くのが億劫なわけじゃないぞ」


「お前……」

「そう蔑んでくれるな。俺も付喪神になれたんだ。それなりに良い事あるぞ」


 すると皕瀬の姿は小さな粒の集まりに変化し、その粒がさらに細かくなって服の色や肌、髪の色の区別がつかなくなっていく。霞のようになった粒のもやは刀へ吸い込まれ、いつもの刀が転がっていた。


「あとは頼む、ぐらいは言え」


 悪態をつくと刀が薄気味悪く揺れた。

 仕方が無い。


 刀を鷲づかんで物見を降り、村の入り口へ急ぐ。腰へ刀を差し、走りながら白髪はくはつを結い上げる。駆ける体は夜の空気を裂いて夜風を作り、結い上げて空いた首筋を心地よく流れる。


 ここには私だけじゃない。ここで私が斃れたり、抵抗に失敗すれば見せしめがあるかも。


 獅子の正面に出て立ち塞がってみると、遠方からでもその大きさが分かった。四つん這いだというのに、体高が私の首元ぐらいまである。膂力や敏捷性は想像もできない。


「どこへ行く。ケダモノ」

『ああ、先生。ようやく見つけました。無事だったんですね』


 聞き飽きた声が牙の間から漏れてくる。呪人形からくりと同じく、この獅子も浅岡の目と繋がっているらしい。


「白々しい。誰のせいで……」

『ええ、やりすぎました。ごめんなさい。でも先生が好きでたまらなくて、つい』


「再教育が必要だな」

『抵抗しないでくださいよ。それともこの新作人形の『蝎獅かつし』に勝てそうなんですか?』


 蝎獅かつし、といった。確かに興奮した猫のように高く掲げられた尻尾の先に、サソリの毒針を模したものが見える。粘つく濃緑色のあの毒が堪えなく垂れているのが不快だ。


「正直、膝が笑う」

『おや、正直ですね』


「武者震いだ。勘違いするな」

『強情ですね。抵抗するほど、先生の扱いは悪くなりますよ』


「弟子に赦しを請うぐらいなら死ぬさ」

『死に損ないのくせに!』


 蝎獅の目が赤く光り、突如視界一杯に膨らむ。それを急激な突進だと理解する時間は要らなかった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 第六章を読んでいただき、ありがとうございました。


 このお話を「面白い!」と思っていただけましたら、

 ぜひ★評価やフォローをお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る