第25話
「冬になると脚が痛むんですわ。なんとかなりませんか、
「寒いからといって動かなくなることが良くない。温かい格好をして、竹林の手入れでもやることだな」
「動くから痛むんだが……」
「動く前にゆっくり、時間をかけて筋を伸ばせ。こうやって」
和尚の居なくなった寺の本堂で、ゆっくりと屈伸や前屈などを手本として見せてみる。最初は痛い痛いと渋っていた老爺も、数分もかけて関節を温めてやったら上機嫌で帰っていった。
「次」
「顕龍院さま。私は昨春にこの村に嫁いできたのですが、姑がうるさくて」
「夫は見て見ぬ振りか」
「ぐずぐず言ってばかりなんです」
「なら勝機がある。今は耐えながら夫を味方につけろ。息子がお前に味方したら、流石に姑もしおらしくなろうよ」
「どうやって味方に……」
「男なんぞ単純だ。うまいものや猫なで声で籠絡してやれ。あと、諍いはお前の代で終わらせろよ」
若妻は発奮したらしく、入ってきたときとは違う堂々とした足取りで出て行く。籠絡などせずとも、態度で解決しそうな勢いだ。
「次」
「ガキ大将がいじめてくるの。おらの背が小さくて、頭もトロいって」
「ひどい奴だな。やめなければ地獄に落ちると言ってやれ」
「言い返すともっとぶってくるの」
「なら、そいつの怖いものを味方に付けなさい。何がある?」
「おっかさん……」
「よし。今日から沢山、家の手伝いをしなさい。お前の親の手伝いと、そいつの親の手伝いだ。どうせ悪ガキのことだ、手伝いもしないで遊び歩いてるんだろう?」
「ウン」
「お前が親達にいい顔をして、親を味方につけるんだ。親と一緒に居る時間が増えて守って貰えるし、お前は親たちの仕事を覚えて一人前になれる」
「でも、おらだって遊びたい……」
「お前の親や、他の親を手伝って褒美を貰え。独楽だの笛だの……よりどりみどりだろうよ。時には遊ぶ時間だって褒美にしてくれるだろう。親は親で子の事を考えているさ」
いじめられっ子は心細そうだった。だが同世代の輪に入らせてくれないのなら付き合う必要も無い。それなら親世代に守って貰えるよう仕向けることだ。
「次」
「おう、やってるな」
髷のない短髪頭が見えたと思ったら、あの男だった。
「お前か」
「さっきので何人目だ?」
「二十七人」
「ざっと村の半分か。まだ来るぞ。今さっき、隣の村にも言いふらしてきた」
「はあ!?」
「何でも教えてくれる、位の高いえらーい尼さまが来てるってな」
男は隣に座り、おもむろに饅頭を取りだして差し出してきた。
「食えよ。甘い物入れないと、うまいことも言えないぞ」
こいつの思惑に乗せられている気がして釈然としない。
「そんな非難がましい目を向けてくれるなよ」
「お前の献策に乗ったのは私だ。途中で降りるつもりない」
饅頭をひったくってかぶりつく。もっちりとした皮だが、山芋の粉が入っているのだろうか。
「いい饅頭だなあ。いくら坊さんに喰わすってもなあ」
本当にそうだ。この饅頭の餡だけでも礼が過ぎると思うぐらいに甘く、味わい深い。
「こんなものを食えるのだったら、あるじどのに付いていくのも悪くないな?」
「お前は犬か」
「十分な理由だろう。ところでその、『おい』とか『お前』とかやめてくれないか」
急に真面目に指摘され狼狽えた。いくらなんでも横柄すぎた。
「だが、私はお前の名も、刀の銘も知らない」
「そもそも無銘だからな。なんだか肥前で打たれたような気もするが。このさい、あるじどのが付けてくれよ」
「私がか?」
「あるじどのしか居ないだろう。二百年も一緒にいたんだ。ナントカ丸だの、あるだろ」
そんな恥ずかしい夢想はしてこなかった。ずっとただの刀だったし、炊事場の庖丁ぐらいの存在だったのに。今になって名前を付けろだなんて。
「悩んでるな? これから俺の存在が消えて無くなるまで、俺はその名前だからな」
「気を負わせるなよ」
饅頭を食べることを止め、黙考する。隣から響く、男が指の餡を舐る音が忌々しい。
「成るのに二百年かかったから、百が二つで
「間抜けな音だな」
「あるいは
「童謡かよ。なんかこう、洒落ないのか?」
「無粋で悪かったな。……川に落ちて成ったんだ。皕と瀬を合わせ、
「刀っぽくないな」
「お前はこれから人のフリをして生きるんだ。なら、人に近い名前が良いだろ」
「それもそうか。ももせ、
「不満か」
「ついでに下の名前も頼めるか?」
「休憩は終わりだ! 次の相談人を呼んでこい!」
その後四十人ぐらいの愚痴や相談を受け付けた。そのころにはすっかり日も暮れていた。適当に答えたわけではなかったが、この程度で有り難がられるとは驚きだった。
皕瀬は「説得力がある」と言ってくれた。確かに八百年生きてきて、色々な痛みや苦しみを見てきたし、経験もした。だから解を授けられるのだが。
こんなかたちで役に立つとは。
それにしても疲れた。本堂で座って喋っているだけだというのに。
先刻に点けた燭台の蝋燭も大分縮んだ。そして新たに尋ねてくるものもいない。今日はもう店じまいだろう。
そう思って燭台の明かりを消そうと口元を火に近づけたところ、寺の本尊が視界に入った。
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