第24話
板戸がずるずると開かれ、七十以上は歳を重ねた老婆が入ってくる。
「あれ。お坊さま、お目覚めかい」
「ああ。助かった。その、ありがとう」
「滅相も無いことで。あんなに冷たくなって怪我をして。もう、ダメかと思いましたけんど」
思い出すかのように喋る老婆の右脇には法衣が抱えられていた。
「これ? 前にいたお坊さまのお召し物が庫裏にあったんで、それを持ってきたよお」
「私の着ていたものは?」
「ダメだったよお。もうボロボロでなあ」
「そうか。良ければ、当て布にでも使ってもらって良い。しょせんボロだが」
すると老婆は手を合わせて精一杯の恭しさを見せる。枕元に着物を置いて、食事を持ってくることを言い残して出て行った。
「おい」
「うん? なんだ」
「ここはどこだ。庫裏とか言っていたが……」
「
「!? 京から反対方向へ流されたのかっ!」
「おう、そんなに焦るない。どのみち動けないだろう」
もっともだ。驚きのあまり、今ようやく上半身が動いたというぐらいなのに。
「というか、京へ行くつもりだったのか?」
「当たり前だろう!」
「行って何をするんだ」
「浅岡を追わないと……!」
「何のために? どこへ? 今から探して間に合うか? ついでに言うと、あるじどの一人で勝てるのか?」
「そ、そんなことを考えている暇は」
「あるじどの。何のために追うかは聞かんよ。俺も付き合いが長いからな」
「それなら!」
「だがあてどもなく動くのはよくない。策も無いのに突っ込むのは愚の骨頂よ」
「それはもっとも、だが!」
「そして手詰まりなあるじに献策するのが、良い眷属の役目だとは思わないかね」
「何か策があるのか?」
「おうともよ」
「聞かせろ」
「食いつきがいいな。大分回復してきたか」
男は座布団を引きずりながら近くへやってきて、座り直した。
「ここで、よろず相談処を開くのよ」
「あたまに虫でも湧いているのか?」
「脈絡がないように聞こえるのは当然だが、まあ聞けよ。浅岡は隠れ家にいる。探すのはあまりにも手間だ。だが浅岡も、あるじどのを探しているはずだ」
「なんでそう言い切れる」
「そもそも、浅岡はあるじどのを嫁にしたかったのだろう?」
「気味が悪いがな」
「俺が覚えている限り、あるじどのが逃げおおせたときに浅岡はかなり焦ってた。ということは探しているはずだ。今度こそは自分のものにしようってな」
「それと相談処がなんの関係がある」
「この辺の村や集落には寺がないのよ。みんな坊さんに相談をしたい。良い相談をして評判が広まれば、網をはってる浅岡の耳にも入るだろう」
「悠長すぎやしないか」
「急ぐ必要が?」
「い、いや……」
翠姫のことが気がかりだった。浅岡が連れて行ったことは想像に難くない。もしかしたら先に、むごい目に遭わされているのかもしれない。
いや。
なんで私がそんなことを心配しているんだ。
「どうする? あるじどの。嫌なら良いが」
「嫌とは言っていない」
「俺も、別に決めつけていないが」
男の、こちらの吐き出す感情をのらりくらりとかわす話し方は調子が狂う。
「わかった。だが床についたままでは良くない。朝まで待てば毒も抜けるだろうから、それまで待て」
「良いとも。その間、俺は村に言いふらしてこよう」
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