第18話

 体力の差も実力のうち。まきはそこに勝機を見いだした。即座に決着できなかった私の手落ちだ。卑怯とは言うまい。


 命の取り合いなんて、そういうものなのだから。


「槇さまぁ! そっち行った!」


 後方からかけられた声に注意を奪われた。


 どうやら呪人形からくりの一体が、私の限界を察して槇へ矛先を変えたらしかった。


 そして槇は、私の注意散漫を許してくれるほど鈍くなかった。


 注意と視線をすぐに槇へ戻す。そこに彼は居ない。姿勢を低くしてこちらの懐へと潜り込み、眼下に肉薄していた。


 にわかに生じる右脇腹の違和感。それは左胸へ向かって駆け上がり、あばら骨や胸骨、鎖骨、その奥に厳重に匿われている心臓までも巻き込んで宙空へと抜けていく。


 私は逆袈裟に斬られていた。


 割られた心臓から血が、塊のようになって落ちるのが見える。それが地面で飛沫をあげ、次いで裂けた胴体から血と臓物がこぼれる。


 血が急激に失われたことで暗くなる視界に、必殺の距離で立ち尽くす槇が見える。


 慕った私を自分の手で、物言わぬ肉へと還した彼の顔は、氷雨とは違う雫で濡れていた。


 ………。


 ———。


 莫迦が。


 視界の暗転が解かれ、目の前に槇が戻ってくる。


 私の目に再び意思が戻り、槇は混乱しているようだった。


 当たり前だ。心臓を叩き割られて、生きている人間なんていない。


「残心を抜かすな莫迦!」


 間髪入れずに抜き打ちで仕留めようとする。だが脇から零れる臓物が引きつり、反吐を催す痛みが全身を走る。だから剣に速度が出なかった。


 驚いていた槇だったが回復も早い。それでも力が抜けた槇の手から刀を弾き、丸腰にするのは容易かった。


「なん、で……」


 理不尽を目の当たりにして、槇は跪き震えていた。


「理解する必要はない。そのまま死ね」


 あらためて刀を構える。


 槇は抗うかと思った。だが彼は優しく微笑み、目をつむった。


 私に殺されるのなら本望とでも言いたいのか。


 チラと横を見ると、こちらを助けようとしていた呪人形からくりが距離を取って佇んでいる。喝食かっしきの能面をつけたそいつの表情はうかがえない。


柊三郎しゅうざぶろうどの!」


 声とともに、新島にいじまが駆けてくる足音が聞こえる。このうえ新島まで斬るのは気が引けた。


 だが目の前で膝を折っている槇を斬るのも、同じぐらいに味が悪い。


 周囲の喧噪は静かになっている。呪人形からくりのうち二体は逃げたらしい。

 

 所詮はしのびを模した人形だ。乱戦になれば用にならないのだ。


 存外役に立たない。頭でっかちの浅岡の考えそうなことだ。


「ではな、槇」


 左手を握り、座り込む槇の左側頭に向けて裏拳を振り抜く。


 槇は叫び声も上げず、道ばたの泥水へ倒れ込んだ。


 側頭部は急所だ。打たれて意識を維持するのは難しい。


「っ!? 貴様ぁぁぁっ!」


 槇が斬られたと思ったのだろう。新島が狂ったような叫び声を上げ、こちらへ突進してくるのが気配でわかる。


 体が裂けているのにもう一人手練れを相手するのか。しかも興奮して手が付けられないときている。


「浅岡、見ているんだろう?」

「おヤ、バレましタか」


 喝食の人形が喋った。思った通りだ。


「私と黒羽丸くろばねまる、そして翠姫すいひめを抱えて逃がせ」

「承知しましタ」


 すると撤退していた二体の呪人形からくりが頭上から降りて来る。どちらも半壊していたが、二体はそれぞれ黒羽丸たちを抱えて逃げ去る。


 そして喝食の人形も私を抱えて飛び上がった。


 樹上へと上昇するときの浮遊感は初めてだった。体が下へと引っ張られる感覚は、槇に斬られた傷をつっぱらせて余計な不快を生み出す。


 木々の枝を伝い、人形たちは私たちを運ぶ。このまま隠れ家まで連れて行ってくれればいいものを。


「先生、モう少し行くト、こノ人形も限界でス」

「ゼンマイ、か?」


 姿勢が安定しないので、口を利くと舌を噛みそうになる。単文がやっとだ。


「そんナとコろでス。悪しからズ。制限時間の無い人形モ、ありまスが、量産でキませン。忸怩たル思いでス」


 その後延々と浅岡は呪人形のことを自慢してきた。私は舌を噛み切りそうなので喋れない。止める者は誰もおらず、だんだんと悦に入る浅岡の話は退屈そのものだった。


 体が冷えている上に血を失った私には堪えがきかなかった。人形に抱えられ、揺られ、注意するものが無いこの状況が、図らずも私に安堵を感じさせている。


 人形とはいえ、こんな男の腕の中で、眠りに落ちそうになっているとは。


「先生。ズいぶんト派手に斬らレましタね」


 もう槇は追ってこない。そして傷ついた槇を手当するため、新島も動けないだろう。他の誰かが引き継ぐだろうが、少なくともあの二人よりは下しやすい。


「先生? 聞いテまス?」


 彼らを傷つけ動けなくする。そのつもりで相手をした。


「先生?」


 だが私は最後まで槇を殺す気になれなかった。


 八百年のうちたった四年だけ共に過ごした、それだけの稚児を斬り捨てられないなんて。



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 第四章を読んでいただき、ありがとうございました。


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