第17話

 あまりにも生意気なことを言うまきを挑発してやろうと思った。


 だが直後に全員の意識が、私たちの後方でおこった騒ぎによって乱されることになった。


「わーっ! こ、こいつらなんだっ!」

「速いぞ! 気をつけろ!」


 にわかにおこった叫び声に振り返ってみると、黒色の人影が後方を塞ぐ五人を襲っていた。


 両手の暗器を振り回すだけで一人二人と倒れていく。


「後ろッ!」


 新島にいじまの叫び声が前方から轟き、鋼が弾かれる音が響く。


 二体の人影が飛び道具を投擲して槇たちを襲撃し始めたのだった。


 しのびのようなそれらは黒装束を来ているかと思ったが、木製の四肢を黒く塗っているのだった。


 それぞれの人形は山姥や喝食かっしき泥眼でいがんの能面を被っており、浅岡のこざかしさを感じる。


顕龍院けんりゅういんさま。僕、走れ、ます」

「ああ。行け!」


 泥でぬかるむ道を荷車が駆け出す。だが京都所司代きょうとしょしだいの連中も、分担してこちらを捕まえようとしている。


 連中では新島にいじまが二番手らしい。呪人形からくりたちの対処に動いている。


 よく目端が利くようで、人形たちが撹乱する中で味方が各個撃破されないよう指示を飛ばしている。それでいながら司令塔の自分が狙われても反撃している。


 ということは、私の相手は決まっているか。


「通しませんよ!!」


 荷車の前に立ち塞がる槇。そして刺叉を構えた二人の岡っ引き。


「邪魔だ!」


 突き出された刺叉を掴んで柄を切り落とす。もう一人は袖へうまく絡ませたつもりだったのだろうが、逆に脇で固定して振り回し、奪ってやった。


「得物は貰ったぞ」


 槇へ刺叉を向けるが怯まない。試しに足元へと鋭く突きだしてやるとそれを飛び越え、突っ込んでくる。


 早々に長物を手放し、後ろへ退いて迎え撃つ。


 呪人形からくり三体と攻防を繰り広げる背後の喧噪が、強まる雨脚の背景へ溶け込んでいく。それと離れて目の前の槇は一人で私を止めようと踏みとどまっている。


 すでに私も荷車も行き足を止められている以上、槇はここで時間を稼げば良いと思っているのだろう。


「先生。あの人形はなんですか」

「さあな」


「なぜ僕らの邪魔をするんです? 浅岡の手の者ですか」

「知ったことか!」


 長く留まるつもりはなかった。速攻をかけるために前へ出る。


 真剣での斬り合いなんてそう興るものではない。場数が足りない槇が怯んで下がるのを期待したが、意外にも真っ向からぶつかることを望んできた。


 刀の鍔がぶつかりあい、お互いの額のすぐそこへ刃が迫る。柄を握る拳同士が見合い、口から漏れる白い呼気はあふれ出る殺気に見える。


退けよ槇……!! このまま押し斬っても構わないんだぞ!」

「じゃあそうしたら良いじゃ無いですか、っ」


 すると雨水が槇の目に当たり、槇は不意に片目を瞑ることになった。


 これはもう経験の問題だ。


 死合いのうちに意識や視線を相手から離すのは死に繋がる。相手を殺すまで、周囲の環境と相手の眼を捉え続けていた者が状況を制する。


 刃を押しつけて追い詰めようと勢いを付ける。


 だが槇は逆に、柄を握るこちらの手を掴んで引き倒そうとしてきた。


 私の体勢が崩れたところで槇は小刀を抜こうとするが、今度は私が飛び退いて仕切り直しになる。


 槇は短く荒い呼吸をして、こちらを睨んで佇んでいる。


 やれると思ったのだろう。


「組み手に持ち込むなんて、青二才のくせに思い切るじゃないか」

「僕に教えたのは先生でしょう」

「そうだな」


 懐かしい。


 暇を与えたのが八年前。稚児として雇ったのが十二年前。その間、たったの四年。


 四年の間に、人としての生きる術をたたき込み、急に家を継ぐことになったと言われてからは手の皮がボロボロになるほど剣術と礼節をたたき込んだ。


 流れ星が夜空を駆ける瞬間のような、とても短い時間だった。


 だが流れ星と同じで熱があった。八百年の中では僅かな時間だったはずなのに、なんで私はこんなに虚しくなっている?


「先生。もう一度お願いします。今度は仕留めます」


 氷雨に濡れる槇の顔だったが、もう瞬きはしていない。ここにあっては生け捕りは無理だと覚悟したのだろう。


「この手で殺すなんてな」


 私の呟きは聞こえなかったようで、槇は自分から突っ込んでくる。


 刃を二、三度打ち合う。掌に伝わる衝撃が先ほどとは違う。槇は本気で打ち込んできている。


 本気で、私を殺しに来ている。


 草履の鼻緒が切れ、足元が取られる。


「顕龍院さまっ!」


 やられると思った翠姫が叫んだ。だが体勢が崩れるにまかせ、私はそのまま転がって槇の追撃をかわす。


 息がいよいよ切れてきた。冷えた空気が肺に入り、喉から下が凍り付いたかのように痛む。


 速攻を望んだのはこういうことだ。私は女で、槇は男。最終的な持久力で差が出てしまう。だから短期決戦を仕掛けたのに、ここまで食い下がられるなんて。

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