第15話

 突然に姿を現した浅岡だったが、式神であれば造作もないことだった。


「月明かりに照らされた御髪おぐしが銀糸みたいにキラキラして……。綺麗ですよ」

「私の痴態をのぞき見るだけで飽き足らず、愚弄するか」

「これは失礼。だって心配でしたから。いつも冷静な先生が、まさかね」


 浅岡が一歩前へ出てくる。今すぐにでも斬りつけてやりたい。


「落ち着きましたか? 結構。昼間はお見事でした。あれだけの人数を相手取って、終始圧倒していましたからね。僕が手を貸す必要は無かったですね」


「何の話だ」

「やだな。あの乳色の霧ですよ。都合良すぎでしょう? でももっと上手い具合にごまかせれば良かったですね。反省です」


 助かったのは事実だった。


 まき新島にいじまも傷つけず済んだし、死人も出なかった。もしあそこで誰かを斬り捨てていたら、今の私はどんな心持ちだっただろうか。


「浅岡。京都所司代きょうとしょしだいが出てきたからには一筋縄ではいかないぞ。分かってるのか」


「ええ。僕は先生と違い、状況を俯瞰して見ているので」

「いちいち癪に障るな」


「はは、ごめんなさい。機嫌の悪い先生って、いつもと違って、こう、魅力的なので」


 虫唾が走る言葉を次々とよく吐けるものだと言いかけたが、反応するだけこいつに餌を与えているようなものだ。黙殺するに限る。


「まぁ彼らの様子を見るに、今頃は夜通し山を走り、この先で網を張ってるでしょう。だからまた明日も斬りあいになるでしょうね」


「今日は不意討ちで逃げおおせることができた。次はそうもいかないぞ」

「大丈夫ですよ。今、隠れ家から護衛用の呪人形からくりを三体向かわせました」


呪人形からくり?」


「ええ。僕の最近の傑作です。人形とはいえ、見た目は人間そっくりですよ。つかず離れずの距離で見守っていますので、京都所司代の輩と鉢合わせになり次第、助けてくれますよ」


「そいつらは人を殺すのか」

「えっ? 当然でしょう」


 浅岡は失笑した。


「ならそいつらは不要だ。私一人でなんとかする」

「できるわけないでしょう? 先生は今だって気が立って、迷って、不安でいっぱいなのに」


「お前に指図される覚えは……」

「ありますよ。僕は今、先生を雇っているんです。依頼は人魚の運搬。報酬は先生の不死を消し去ること。違います?」


「ならその契約もろとも解消する、と言ったら?」


「黒羽丸はどうするんです? 先生はすでにお役人に刃向かったお尋ね者。黒羽丸も共犯者です。先生は行方をくらませばいいですが、黒羽丸は? 誰を頼れば?」


 ああ。


 なんて私は愚鈍で、莫迦な女なんだろうか。


 この男に目を付けられた瞬間から、すでに浅岡という名の蜘蛛の巣にかかっていたのだ。それに気づかず身内の手を借りてしまい、同時に餌食として捧げている。


 もうこのまま、文字通り血路を開いていくしかないんだ。


 槇を殺し、新島を殺し、それを慕う者たちも斬り捨てて。


 あるいは黒羽丸も犠牲にすることになるのだろうか。


「先生、またぐるぐる考えてますね? 大丈夫ですよ。僕が全部、なんとかしますから」


 浅岡が妙に優しい声をかけてくる。私はそれを気味悪がる余裕すら失っていた。


「ああ先生、一つだけ」

「なんだ」


「あの魚のご機嫌を損ねないでくださいよ。肝の味を損ねるんで」

「まさか、喰うつもりなのか!?」


「あれ。言ってませんでしたっけ? そうですよ。動物は恐怖を感じると不味くなりますからね。なるべく機嫌をとりつつ、連れてきてくださいね。では」


 式神が燃え、浅岡は消えた。


 竹林に静寂が戻る。


「く、ふ。ふふ」


 暗闇で一人になれた私の心は油断し、弛緩した。


 そこへ浅岡が予告する残酷な明日が浸透してくる。


 やがてその残酷は私が繰り広げることだと理解した。


「ふふふ! あは、アハハハハハハハ!」


 私は鬼畜に堕とされていた。



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 第三章を読んでいただき、ありがとうございました。


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