第10話

 まさか浅岡が京都所司代に追われるような犯罪者になっていたとは。


 私の指導が間違っていたのだろうか。あるいはなるべくしてということか。そしてそれに協力する私も、法に裁かれる身に堕とされのか。


 怯える黒羽丸くろばねまるを見やり、覚悟を決めて刀を抜く。


 その様子を見た足軽たちの雰囲気が揺れる。抵抗を見せるとは思わなかったのだろう。


「先生。ここは抗わないで下さい。先生と刃を交えることだけはしたくありません!」

「ぬるいなまき。京都所司代に仕官出来たことは私としても誇らしい。だが相手が師であっても冷徹にならなければ、京の治安維持には不適格だぞ」


 槇は眉間にしわをよせつつ、目をつむった。


「なぜ犯罪者の片棒を担いでおられるのです! 僕には納得できません! 何かの間違いでしょう? まさか脅されているのではありませんか。それでしたら僕がお力になれます!」


「言葉を慎め」

「先生……!」


「はっきり言おう。私は自分の意志でここにいて、浅岡の手伝いをしている。邪魔立てするのならば斬り捨てるまでだ」


 槇の顔が歪んだ。


柊三郎しゅうざぶろうどの、ここは私が」


 新島にいじまが槇を下の名で呼んで下がらせた。今は戦えないことを察したのだろう。


 それにしても、この娘。


 そうか。


「捕らえろ!」


 新島の合図で刺叉が突き出される。


 生臭だけは避けたかったがやむを得ん。


「黒羽丸、走れ! 絶対に止まるな!」


 黒羽丸に声を掛け、前へ飛び出した。


 刺叉を打ち払って無防備になった柄をたたき切る。そうすると丸裸になった捕り手たちはすぐに戦意を喪失した。


 彼らは士分と違って死への覚悟が足りない。食い下がらないのも当然だ。


 あっという間に六人を捌いたことで他の侍たちにも緊張が走る。


 二人がかりで突っかかってくる侍も、刃を交わした端から膂力に任せて体勢を崩させ、股の急所に鞘で一撃をたたき込んで無力化する。


 そして新島が前へ出てきた。


「比丘尼どの! 新島盈にいじま みつる、お相手します!」

退けぇっ!」


 たもとをたすき掛けに固定した新島は怯まない。


 刃が打ち合った瞬間は、私の突進が勝った。つば同士をつき合わせて道の横へ新島を退かせる。


「黒羽丸行けっ! 止まるな!」


 だが黒羽丸の行き先に槇が出てこようとしている。


 体が足りない!


 刀のこうがいを抜いて槇のほうへ投げつける。喉へ命中する弾道だったが、槇はそれに反応して刀ではじいた。


 師と慕う私から殺気に満ちた暗器を投げつけられ、槇はさらに動揺しているようだった。


 その隙に翠姫を乗せた荷車が駆け抜けていく。


「比丘尼さまっ! 一人なんて無茶ですっ!」


 翠姫が心配して叫ぶ。


 なんで心配する。私はお前を無惨な運命へと運んでいるんだぞ。


「御免!」


 新島のかけ声と共に鍔が押し返される。


 鍔競り合いにかまけているつもりは私もない。一度距離をとり、間髪入れずに切っ先を突き込む。だがそれも弾かれて決め手にならない。


「先生。もうやめて下さい。二対一では勝てませんよ!」


 背後から槇の制止する声がかかる。


「そうか? お前は迷って腰砕けだ。頭数にも数えていないぞ。あとはこの小娘だけだ」


 小娘、という言葉に反応して新島の顔がひくつく。この娘もそのうちに心を乱すだろう。


 すると急に背後へ殺気が迫った。


 刃で受け止められないと感じて鞘で背後の刀を薙ぐ。


 そこには槇が詰めてきていて、私の背を討つつもりで斬りかかってきていた。


みつる! もう容赦はするな! 何があっても斬り伏せろ!」


 槇の檄を受けて新島はさらに深くこちらを見据えてくる。


 槇のかおも、決断した人間のものに変わっていた。今の檄は自分自身への喝だったのかもしれない。


 そうか。


 本当にこの二人を斬り捨てなければならないのか。


 こんな、将来がある若い命を刈り取らなければいけないのか。


 そこまでして私の悲願は達成されるべきものなのか?


『ご苦労様です。先生』


 浅岡の声が耳に聞こえたような気がした。


 そして乳のように濃い霧が周囲から湧き上がってくる。


「な、なんですこれ!」


 新島が狼狽える。対して槇は何かを察したようだ。


「退けっ! みんな退け!」


 金的を受けてうずくまっていた侍も捕り手も逃げていく。見逃してくれるのならそれでいい。


 私は槇たちの引き揚げた方向に背を向け、黒羽丸たちを追いかけようとする。


 すると左肩に衝撃が走った。つんのめり、襲ってくる熱痛に顔をしかめた。肩をみやると、矢が深々と突き刺さっている。


 矢が飛んできたであろう方向には、霧の中で弓を構えてこちらを睨み付ける槇の姿があった。


「先生、逃がしませんよ! 絶対に、絶対に止めて見せます!」


 やがて霧はよりいっそう濃くなり、私と槇は完全に隔絶される。


 肩の傷を庇いながら霧の中を真っ直ぐに逃げる。


 かつて信頼を置いていた稚児たちに、ここまで追い詰められるなんて。


 矢傷の痛みが、惨めさを激しく煽った。



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 第二章を読んでいただき、ありがとうございました。


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