第9話

「先生。本当に先生ですか? 僕が元服していとまをいただいてから八年たちますが、その……」

「歳をとっていないように見える、か?」


 まきは迷うように頷いた。


 当然だ。むしろ肉体的には槇より相対的に若くなってしまったはずだ。


 すると黒羽丸くろばねまるが尋ねてきた。


顕龍院けんりゅういんさま。お知り合い、ですか?」

「お前の一つ前の稚児だった男だ」


 槇は新島にいじまを一度退かせる。そして改めてこちらに向けた目には動揺が見えた。


 だが。


「いや。そうですよね。先生。驚かせてしまい失礼しました。抜き打ちで禁制品の摘発をやっておりまして。どうかご協力ください」


 まさか京都所司代きょうとしょしだいに仕官していたとは。


 なおのこと刺激するわけにはいかなくなった。


「では新島。あの娘さんを検めてくれないか」

「いや、その、いくら同性とはいえ、その、体を見るのは、その」

「検めるキミが恥ずかしがると、検められる側も恥ずかしくなるぞ」


 すると新島の目が、諦めたかのように意思を無くした。


 男装をしてまで剣術をやっている女だ。剣術以外には無関心で生きてきたのだろう。


「新島。悪いが彼女を抱えてそこの林まで連れて行ってやってほしい」

「わかりました……」


 ぎくしゃくとした動きをした新島は翠姫を抱え、林の中へと消えていく。


 大丈夫だろうかと、要らぬ心配が湧き上がってくる。


「ご安心を、先生。彼女は誠実ですから」

「よく知っているような物言いだな、槇」


「同僚ですからね」

「そうか」

「………」


 会話が続かない。私には後ろめたい事情があり、槇の頭には疑問が湧き上がっているだろう。それに私から何かを話す理由もない。


 問われる側であれば余計な口を利かないことが肝心だ。


「その。相変わらず、御髪おぐしがお美しいですね」

「尼を口説くつもりか? そんなふうに育てた覚えはないぞ」


「そう苛めないで下さい。いきなり本題に入るほど、僕も不躾ではありません」

「私はかまわん」


「では、先生。どうしてこんなところを歩いてらっしゃるのです?」

「あの娘が京を見たいというから連れてきた。それだけだ」

「それにしては、失礼ですが粗末な車ではありませんか?」


 槇が荷車を指さす。彼の同僚達も荷車の裏や車輪を検めるためかがみ込んでいた。


「僧が高い車を買えると思うか?」

「買えませんね」


 ふっと笑った槇は、肩の力が抜けている。


「先生。久しぶりにお話しできて、僕はすごく懐かしくなっていますよ」

「それは良かったな」


「ところで、僕の前にも稚児を雇っていたと聞きました」

「いかにも」


「その先輩の稚児が、このごろ呪術師として暗躍しているのはご存じですか? 名前を浅岡というのですが」

「噂は聞いている。かつての雇い主として恥じ入るばかりだ」


「その浅岡が、新しい呪術の儀式に使うための材料を集めているようなのです。僕らはその材料が、行商の荷物などと共に京へ運ばれているのではと見ていまして」

「具体的に何を運んでいると思う?」


「分かりません。希少な妖怪あやかしだとしか」

妖怪あやかし? いい歳して何を寝ぼけたことを」


 一言で一蹴してみせると、槇は口ごもった。


 そのうちに雑木林から新島が、翠姫を抱えて出てくる。


「槇どの。特に怪しいことはありませんでした。隠しものもありませんでしたよ」

「そうか」


「いや、真っ赤な御髪にはビックリさせられましたが、染められてらっしゃると聞いて納得しました!」


 翠姫も自分なりにうまくごまかしたようだ。涼しい顔をしている。


 だがなぜ翠姫は、ここで自分が人魚だと暴露しなかったのか。


 人魚だと露見すれば私はお尋ね者だ。ならばこの先に待ち受けている運命を回避するために騒ぐべきだった。


 なぜ黙っている?


「よっこいしょ」


 新島が翠姫を荷車に乗せる。


「さあ槇、もういいか?」


 振り返ってそう尋ねると、槇の顔に迷いが見えた。


「どうした」

「先生。今一度お聞きします。浅岡のことについて、本当にお心当たりはありませんか」


「無い、と言ったら?」

「いえ。その、一応お聞きしただけです」


 槇は私を疑っていると見て間違いない。


 ならば仕掛けてくるか。


「ではな、槇」


 黒羽丸に合図を出し、出発しようとしたときだった。


 何かが地面を打ち、鈍い音がにわかに響いた。


「止めろ! 荷車を止めろ!」


 先ほどまでかがみ込んで荷車の裏を検めていた侍が叫んだ。黒羽丸は言うとおりに荷車を止め、私と翠姫は何事かと思って後ろを振り返る。


 すると荷車の下に中筒の火縄銃が転がっているのが見えた。


 そう来たか。


「比丘尼! これは何だ!」

「銃の所持は禁じられているぞ!」


 槇の同僚二人が吼える。


 やけにしつこくかがみ込んで検めていると思ったら、車の裏にこんなものを仕込んでいたか。


 翠姫も新島も目を丸くしている。翠姫はともかく、新島は仲間から段取りを知らされていなかったようだ。


「先生。ご禁制の品が見つかった以上、ご同行願いたいのですが」

「苦しそうだな、槇」


「当たり前でしょう! なんで、なんで僕が先生を捕らえなきゃならないんです。しかもこんな姑息な方法で!」

「なら見逃すか?」


「冗談言わないでください! 新島!」


 槇の号令がかかり、呆けていた新島がぴしゃりとする。そして口上を発した。


「銃砲の単純所持、並びに呪師・浅岡との関係についてお聞かせ願おう! 神妙になさい!」


 新島の合図で足軽達が刺叉さすまたを構える。


 槇たちは始めから、浅岡を追い詰めるためここで待ち伏せていたのだった。

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