第3話 海に逝きたい
「……なっ」
どうやら水無瀬は高校に入ってから、いじめられていたらしい。そのうえ大学受験にも失敗して1年浪人していたある日、行方不明になったらしい。行方不明になってから2日後、人気のない海岸で遺体で発見された。
その時の衣服は何故か中学時代の制服だったらしい。
「すいません。これ、ありがとうございました」
「はい」
地元の小さな図書館の受付係の女性に持ってきてもらった新聞記事を返却した。新聞記事には確かに水無瀬 葵の名前が書かれていた。
「ふぅ……」
図書館の入口付近のラウンジ、いくつかのテーブルと椅子が設置されている。図書館内は飲食禁止になっているがここでは飲食が許可されている。
自動販売機から買った炭酸の飲み物を一口、いや二口飲んで溜息をつく。
「……」
スマホの画面を開き、中学時代の写真を探してみる。俺が初めてスマホを買ってもらったのが中学3年の秋ごろだった。そのころはクラスの人間の半分くらいがスマホを持っていた。炭酸の刺激が喉を通り過ぎる。
水無瀬は持ってなかったと思う。
「…………ん。あった」
写真フォルダをさかのぼり最初のころの写真がたくさん出て来た。スマホを買ってもらったときになんとなくで撮った風景の写真、ゲームのスクリーンショットの写真、卒業式の時にクラスのみんなで親達に撮ってもらった集合写真。
口の中で炭酸が弱くなっていくのを感じる。
「はぁ……」
水無瀬はいつも俺の前に居た。なんか変な意味とかじゃなくて。水無瀬と俺は苗字の並びが近いので同じクラスで出席番号順に並んだりすると必ずと言っていいほどいつも一個前に水無瀬が居た。
「……」
炭酸が抜けてほぼ砂糖水になっている。ラウンジには俺以外の人間は居ない。さっき図書館の二階の自習席を見て来たが、制服や学校指定のジャージを着た高校生でいっぱいだった。
「俺も勉強してたなぁ……」
大学に受からなかったら死ぬみたいな雰囲気を親に出されていたので必死になって勉強したが今思えば別に死ぬわけないなと笑えて来る。
「……いや、笑えない奴もいるか」
スマホの写真をもう一度見る。写真を見ているだけなのに当時の光景が脳裏に浮かび上がってくる。
仲の良かった友達、人生で初めて恋をした女子、当時はむかついた教師、……いつも近くに居た奴。
「……行くか」
空になったペットボトルを自動販売機の隣にあるごみ箱に投げ入れ。ラウンジを後にする。向かう場所は当然決まっている。
「やっと来たか」
スマホをチラッと見ると海を眺め始めてから30分近く経っていた。もう既に全身から潮のにおいがしてくる。昨日と同じく日差しが強いが、風が強くあまり暑さは感じない。
「あれ……また、居るの?」
「あぁ……海に来るために帰省してきたからな」
「そうなんだ」
彼女は昨日と同じセーラー服を着ている。俺は座っているので顔を上げない限り顔までは見えないが、視界の端にセーラー服が見える。
「なぁ?変なこと聞いていい?」
「何?」
「……なんでセーラー服着てんだ?」
「えぇ……何となくだよ」
昨日と同じ答え。大きい波が来て足元のギリギリまで迫って来た。しかし、すぐに海の方に引っ込んでいった。
「はぐらかすなよ。わざわざ中学の時の制服まで着てくるなんてなんかあるだろ。理由」
「……」
「それに裸足だし」
わずかに曲がった水平線を眺めつつ、顔の見えない水無瀬に質問をする。
「私、楽しかったんだなって思ったんだよ。朝、学校に行ってなんとなく君に挨拶しする。それだけ。別に好きだったとか、気になってたとかじゃなかったのに……」
「ふ~ん」
何か直接言われると癪だな。まぁ……俺も別に好きだったわけじゃないが。
「たまに帰り道で一緒になって途中まで話しながら帰る。文化祭で同じ係になって、一緒に飾り物を作る。テストの点数とか順位を比べ合う」
「……そんなこともあったな」
「大切な物ってさ……無くなってから気が付くんだよ。大切だったなぁって」
「……」
確かに今のバイト漬けの大学の夏休みよりも高校の時に部室に集まって部活をやって、その後みんなで集まってファミレスとかに行く日々の方が楽しかったと感じる。
「……それで……高校に行ってから……なんか……懐かしくなっちゃて……」
「泣いてんの?」
「泣いて……ない」
「泣いてんじゃん」
鼻声。時々、鼻水を啜るような音が聞こえる。潮風が耳元を通り過ぎるたびにゴーという音がする。
「……なんか、何もかも上手くいかなくて……頑張ろうとするほど……空回りして」
「それで?」
「海にいった」
…………そうか。そうだったんだな。
「俺もさ……いや、やっぱいいや」
「なんだよ。気になるなぁ……」
これは彼女を傷つけるかもしれない。
「さて……帰るか」
「え?」
砂浜から尻を離して立ち上がる。尻についているであろう砂を両手で払い落とす。砂浜に足が少し沈む。
「もう少し居ない?」
「いや、帰るよ」
「なんで……」
彼女の顔は見ずに後ろを向く。砂浜を一歩ずつ歩いていく。潮風は俺の背中を押したり引き戻したりする。
「そうだ、海……行くのが目的なんでしょ。海いこうよ」
海ならすぐ後ろにあるのに海にいくというのは適切な表現じゃない。それじゃまるで海の中まで行くという事になる。
「ごめん」
「……なんで?」
「海には……行けないよ」
振り返る。
彼女は濡れていた。服が、髪が、肌が、そして瞳が……。
「なんで?」
「大切だったって気づいたから。無くなって初めて」
「あの日……来なかったくせに……」
「あぁ、だからこうやって帰って来たんだ」
「どうせ……忘れてた」
「ま、まぁ……」
確かに忘れてたけど、こうして思い出せた。タイミングは最悪だと思うが。
「もう少し早く思い出してたら……変わってたかな?」
「いや、海渡のせいじゃないよ」
彼女が笑うと同時に、彼女の頬から水滴が落ちた。それは肌が濡れているからなのか、瞳から零れ落ちたのか良く分からなかった。
「私が決めたこと」
「そっか」
「だから、かえるね」
「あぁ……じゃあな」
「バイバイ」
そっと目を閉じる。視界が暗くなり五感が高まる。潮の匂い、波の音、風の感触、涙の味。
その日はちょうど
大切なものは無くなって、初めて大切だったと思える。
海に行ったら、元同級生に会った話 広井 海 @ponponde7110
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