第8話 わたり

その頃、河西は落胆の想いでいた。それは、騒がれても依然状況が変わらぬ様にあり、自分の目指す熱き思いが少しも及ばぬことにである。

なんなんだ、何も変わっちゃいない! スキャンダルを暴かれ、挙句の果てに恨みを買って死んだ鳥谷の後釜が、平然と理事長椅子に座っているなど、とんでもない。判で押したように渡わたりを繰り返しては、毎夜のように血税を使って派手に銀座を豪遊し、赤坂辺りのホテルに女を引っ張り込んでいるんだから、いい気なもんだ。何が襟を正すだ。くそっ、腹が立つのを通り越して、やってきたことが阿呆らしくなってきた。

あの野郎、前任の鳥谷が愛人に殺されて、記者会見ではしおらしく詫び、正義感をブチ上げ、襟を正すなどとほざいていたが、裏ではどうだ。懲りもせず、俺たち「下郎ども」と見下し、女遊びに現を抜かしてやがる。

さらに、憤りはエスカレートしてきた。

奴や前理事長にしても、同じ穴の貉だ。鳥谷の結末は自業自得だが、どれだけ税金の無駄使いをしてきたか。己の悪行を正当化し、甘い汁を吸い続けてきた報いだ。それにしても、奴らはどうなってんだ!

普通の人間なら、あの年じゃ家で盆栽いじりするのがオチだが、奴らは天下りやわたりを繰り返し、色欲に走っている。それがまかり通るなら、俺たちの行いはどう解釈すればいい。

まさか、鳥谷らを批判する俺たちが異常なのか? いや、そんなことはない。これだけ世間の注目を集め、テレビや新聞、さらに週刊誌までもが踊った割には、この悪しき天下りシステムの存在にメスが入らない。あまり騒がしくなれば、己らに累が及ぶのを避けようと、議員連中は当たり障りのない政策でお茶を濁す。国民は、いつの間にか言い含められているのがオチだ。

よほど悔しいのか、唇を噛み締めた。

あれだけキャリア官僚を叩いたのに、改革どころか天下りシステムが温存されているんだから、ほとほと嫌になる。結局、このペンは役に立たんのか……。

くそっ、もうやめた!

やけくそ気分で、内線電話をかける。

「おい、山口。一杯やらねえか!」

「えっ、どなたですか?」

いきなり言われ、戸惑ったようだ。

「おお、悪い。俺だ、河西だ!」

「なんだ、やぶから棒に。どうした、用件も言わず一杯やろうなんて。何かへまでもやらかして、上司に退職勧告でも突きつけられたのか?」

「そんなことはねえ、もうやめだ。くだらんことはもうやめたんだ。その打ち上げに飲もうと思ってな。だから、付き合え。いいだろ!」

「そうか、詳しいことはあとで聞こう。それじゃ、西田も呼ぶか」

「おお、そうしてくれ。今夜は徹底的に飲むぞ」

「はいはい、三日酔いにならないよう、お手柔らかに頼みますよ」

冗談で締め、電話を切った。それでも河西は収まらぬのか、「くそっ、あいつらめ。いまいましいったら、ありゃしねえ!」と口にし、持っていたペンを机上に放り投げた。

約束時間の午後八時には、池袋の居酒屋「魚河岸」に、いつもの三人が集まっていた。生ビールを掲げ乾杯し、一息ついたところで河西が詫びる。

「急に呼び出して悪かった。飲まずにいらない気分でな」

「そうかい、いつものパターンだな。飲むのは歓迎だが、お前の愚痴は聞きたくない。こう見えても、俺は飲む場の雰囲気を大切にしたいんでね」

「なんだと、阿呆なこと抜かせ、こんな居酒屋で雰囲気もねえもんだ。ほれ、お前の顔にそう書いてあら」

西田の御託を山口がコケにした。

「うるせえな、俺の勝手だろ。放っておいてくれ!」

「まあまあ二人とも、始まったばかりだ。いい加減にしろ。今日は飲んで、憂さを晴らそうと誘ったんだぞ」

河西が二人を咎めると、山口が尋ねる。

「そう言えば、電話で誘われた時、ずいぶん機嫌が悪そうだったな。お前のことだ、よほどのことがなければ、あんな口調にはならないはずだが?」

「おお、山口の言うとおりだ。河西、話してみろや」

西田が口をはさんだ。

そこで河西が胸の内を明かす。概略はこうだ。

「八月六日の広島への原爆投下記念日を翌日に控えた五日に、くしくも経産省の原子力に係わる経産三首脳の更迭人事が発表された。その理由として、「東電の福島第一原発の事故対応の不手際や、四国、中国電力での国主催の原子力関連シンポジウムを巡る、やらせ問題を受けての人事とされる」と、今日の朝刊にトップ記事として掲載された。  

そんな記事を読み、今まで自分が追及してきた官僚の実態暴露に、あまりの無力さを感じ、その憂さを晴らそうと誘ったのだ。

当然、彼らとて記事を読み、憤りを感じていた。

「まあ、当然だろうな。責任を取ってもらわにゃならん。やらせ問題など、中立というか、抑制する立場にある保安院がやるなんて、言語道断で呆れてものも言えん。そうだろ、ことごとくこれら役人は、政府も行政も、いわんや産業界、今回は電力業界となるが、癒着してるんだからな」

河西が当然、と説く。

「そうだ、そこには天下りシステムが根底にあり脈々と生きている。だから、各新聞の社説で『新布陣では、電力改革には疑問視も』の見出しで、『電力会社の地域独占見直しや、発送電事業の分離といった業界の抵抗が強い改革は、新しい布陣で進むのか?』と、疑問符を付けられるんだ」

山口が、相槌を打つ。

「そうだろうな、この面子の前職を見れば、誰でも勘ぐる。何せ、霞が関の常識どおりの年功序列で決めてんだから。これじゃ、国民に示した大胆な電力行政の改革なんか、されるわけがない。新聞だって『改革に繋がる気配のない人事だ』と、酷評している」

「確かにそうだ。今回の人事は、原発事故や、やらせ問題で批判された経産省の事務次官、資源エネルギー庁長官、それに原子力安全・保安院長のいわば三首脳の更迭人事だ。それが、こんなありさまじゃ……」

河西が溜め息をつき、核心を突く。

「その根拠だけど、新事務次官はエネルギー業界と関係が深い電力・ガス事業部長を経験した経産政策局長だ。『典型的な天下り先の指導指南役で、改革に切り込めるか疑問視する』って、当たりまえだ。それに、新保安院長だって過去二回も保安院勤務を経験している。さらに、三人とも入省年次が三年若返るが、順送りの人事で『省内秩序は維持された』と揶揄されるありさまだ。従って、三人とも電力行政全般について、業界の反対を押し切り改革を進めるなんぞ、やるわけねえだろ!」

吐き捨てるように言うと、山口、西田ともマジ顔で頷く。

「そりゃそうだ。いずれこいつらだって天下っていくんだろ。そんな業界を逆撫でするようなことするわけないじゃん。もし俺がその立場なら、改革したら天下れねえし、わたりだっておぼつかなくなる。それじゃ甘い汁をたっぷり吸えん。だから、のらりくらりと政府を手懐け、行政の長である経産大臣を丸め込むわけだ」

西田が邪推すると、山口が同調し空想する。

「俺だって、そうするぜ。例の連合会の新理事長のように、血税を使って神楽坂辺りで芸者をあげ、野本経産大臣や事務次官の吉田を喜ばせてやるさ。特に、次官には若い女をあてがってやれば御の字だ。うふふふ……さぞかし美味めえだろうな、若い娘は」

「こら、山口。鼻の下を長くして、何考えてんだ。このど助平!」

西田が、苦りきる顔で諭した。山口が、首をすくめる。

「つい妄想しちまった。すまん、すまん」

そこで西田が漏らす。

「やはり、そこら辺を各新聞は、この新メンバーでは『強力に推し進める輩ではないとの見解が、すでに省内幹部には蔓延っている』と、論説しているんだな」

すると、またもや山口が憤る。

「こりゃ、どうなってんだ。何も変わっちゃいないじゃねえか! 役人なんて自分のことしか考えず、甘い汁を吸うことしか頭にねえんだな。それを見過ごす政府も他人事のように無気力だ。やっぱり政治家は、官僚の手の平で踊っているだけか」

「そりゃそうだ。またいつものように、大臣は官僚の言いなりになる。これだから、いつまで経ってもなくならないわけだ。そうだろ、天下りを是認してきた自弊党から民民党に変わったってな」

西田の結論に、

「確かにそれは言える。今の民民党も政権を奪取した時は、政治主導とかいって意気込んでいたが、結局、官僚に丸め込まれちまって、このざまだからな」

呆れ顔で頷き、残り少ないお湯割りを、苦々しい顔で飲み干した。

すると聞いていた山口が、赤ら顔で支離滅裂にまくし立てた。

「それ見たことか、まったくもってこのありさまだ。経産省の官僚にまで馬鹿にされる始末だ。及川首相さん何やってんの。いつまでも、官僚に丸め込まれてんじゃねえや。この馬鹿たれが! くそっ、それにしてもいまいましい。こんなことじゃ、キャリア官僚は天下りどころか、ますますわたりを繰り返してのさばるばかりだ」

「そうだ。こんな古い体質がいけないんだ。しかし、今の民民党だけ責めたってしかたがな。こんな天下りシステムを作り、温存してきたのは自弊党の歴代の先生方だしな。それが下野して、能天気に政権批判ばかりしているんだから」

酔いの回った西田まで息巻いた。そこで、憤る二人を河西が茶化す。

「あれ、大丈夫でっか。酒の力を借りて悪態ついてると、血管が切れて蜘蛛膜下になりまっせ。かっかせず気を静めて、飲もうではありませんか?」

意外な振りに、西田が我に返って貶した。

「何、言ってやがる。誘ったのはお前だぞ。俺たちをけしかけ、頭に血を上らせてんのはおまえだ。それを無責任にも煽り、血圧上げさせているのは、どこのどなたですか。まったく、よく言うよ!」

すると、河西が惚ける。

「そうだったっけ? 覚えちゃいないが、それならそうしとこうか。まあ、俺もこんな経産省の茶番人事を見ると、キャリア官僚の実態解明をマジに考え、ペンを執ったことに、ある種むなしさを覚えるよ」

「どういうことだ、お前今まで核心を突いて攻めていたじゃねえか。あれは本気だったんだろ。そうでなければ、あそこまで攻め込めねえぞ。一歩間違えれば、どこかのどぶ川に顔突っ込んで死んでいるかも知れないんだ。それを、勇気を持って、我らのマガジンに連載で暴いている。その反響は、いずれ改革に結びつくだろう。少なくとも、読んで下さるのは政治を動かす国民だからな……。なんて偉いことを言っちゃって」

西田が大きく出て、そして惚けた。すると、河西が現実を直視してか憂える。

「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいが、現実はなかなか厳しい。官僚がのさばり、わたりがまかり通っているようじゃ、この世も終わりだ。将来は暗闇の世界になるってもんだ。いや、今でも足元が暗くなっている」

「なに、わけの分からんこと言って。それを言うなら、バラ色じゃないってことだろ。それでなくても、今は福島の原発問題と、東日本大震災や津波による壊滅的被害を被った被災地の復旧・復興を最優先で進めなきゃならない時に……」

「まあ、そういうことだ。西田よ、あまり深く考えるな。お前の場合は、急に脳を働かせると、自制出来なくなる癖があるからな」

「何言ってんだ、そんなことあるか。俺は常に冷静だし、マジで大所高所から見て発言している。心配するには及ばん」と気取ると、

「そうかい、君の場合は大所高所というより、高所恐怖症じゃなかったっけ?」と、河西がちゃかした。すると、「なに言ってんだ」と西田がふくれるが、山口が真顔になる。

「確かに、西田の言うとおりだな。阪神淡路大震災の時の復興だって、現実的にずいぶん時間を要し、十年以上がかかった。それを思えば、今回の東日本大震災では、津波による天災が追い打ちをかけた。だが、原発事故は人災といっていい。安全神話を吹聴し、国民を欺き続けたつけが回ってきたんだ。政治家、産業界、それと官僚による偽善の癒着の膿が噴き出たと言えるんじゃねえか」

「そりゃ、言えるな。政治と行政は昔のままだ。野党に成り下がった自弊党時代と同じだ。まったく、親方日の丸だぜ」

河西が憮然と言い放ち、思い出したのか苦い表情に変わる。

「それと、言い忘れたが、更迭された三首脳だけど、先日の朝のワイドショー番組で聞いてびっくりした。『更迭された人たちは、やはり天下りするんですか?』と司会者が振ると、解説者が『世間の目がうるさいんで、今すぐとはいかないでしょうが、しばらく経って、ほとぼりが冷めた頃には、おそらくどこかの公益法人へと天下って行くんじゃないですかね』と、意味深に解説していたよ」

山口が食いつく。

「本当か、それって。いくらなんでもひでえんじゃねえか。今回の一連の問題で、責任とらされ更迭されたんだろ?それが理事長や会長として天下って行くのか。そんなの、ないぜ!」

「いや、それだけじゃねえ。奴らは一法人に飽き足らず、わたりを繰り返し甘い汁を吸う、腹黒い渡り鳥だ。官界には、いまだ天下りシステムが生きているからな」

河西の肩が怒りで震えていた。

「頭にきた。こんなんじゃ、酔わずにいられるか。河西、今夜は徹底的に飲むぞ。くそっ、まったくもって汚ねえ野郎らだ!」

山口が憤りを、酒勢へと変えた。

「おお、はなからお前らを誘ったのは、これだからだよ。さあ、どんどんやろうぜ」

「それはいいが、河西よ。これから、まだ続けるのか?」と今度は西田が投げる。

「何をだ?」

「何をって、決まってるだろ。天下り実態の暴露連載だよ」

「続けるか……。まあ、でも同じ手法じゃちょいとインパクトに欠けるし、表題で何かいい案ないか?」

「いや、それだったら。さきから引っかかっているんだが、聞いてくれるか?」

「おお、なんだ? まあ、お前のこった。たいしたことじゃないだろうが、聞いてやら。それでどんなんだ?」

河西の見くびった態度に、西田が口を尖らす。

「なんだ、その傲慢な言い方は、人様に伺う態度じゃないぞ。まったくお前ときたら、道理をわきまえない野郎だ。そんなんじゃ、教えてやる気になれんな」

「それは、失礼いたしました。お気に障りましたらお詫びいたします。ごめんなさい、西田先輩。これでいいか?」

「ちぇっ、河西ときたら。いつもこれだ」

「まあまあ、気にしないでちょうだい」

「くそっ、しょうがねえ。話してやるか」

振り上げた拳を下ろし、西田が己の案を話し始める。

「まあ、官僚のわたりは引き続き取り上げなければならないが、それだけじゃ飽きる。それでな、それと併せて『リアルタイム借金増』の問題を取り上げ、現在の国家財政が危機的状況にあること。それに将来、俺たちの子供たちに甚大なる影響を及ぼすこと。さらには、公益法人の無駄遣い弊害などを併論したらどうだ?」

「ちょっと待て。俺たちの子供って、お前まだちょんがだろ?」

河西のちゃちゃに、むくれる。

「何を言うかと思えば、確かにそうだが、俺だって好きで独身でいるわけじゃねえ。いつかは結婚するわい。それを前提に話してるんだ。よけいなところで、突っ込むな!」

「すまん」

「まあ、いいか。それでどうだ、この試みは」

真面目くさった顔で返す。

「うん、なかなかいいんじゃないか。君の場合は、日頃インターネットでエロサイトを見ているせいか、たまにはいい案が浮かぶんかいな?」

「馬鹿野郎、そのサイトとは別だ。まったく、せっかくマジで考えていのに、白けるじゃねえか!」

「おっと、失礼。つい反省なく、肴にして悪かった」

しおらしく酔い目で詫び、真顔になる。

「しかし、俺も気づかなかったが、いいアイディアだと思う。これはいける、現に震災の復旧・復興には、当面、赤字国債発行で手当てしなきゃならんが、借金を抑えることも不可欠だし、なんと言っても、無駄な歳出は徹底的に削減しなければならない。であるなら、借金のリアルタイム増加の危機感と、官僚たちの天下りシステムの根絶を合わせ技でやるか」

河西が筋道を示すと、山口が乗ってきた。

「そうだ、それがいい。さらにシリーズ化するなら、違った切り口で攻めるのも、インパクトがあっていいな」

すると、西田が調子づく。

「そうだな、さらに、次の特集で都道府県と省庁の公益法人を徹底分析し、重複する法人を横断的に炙り出す。それも官僚、地方公務員の既得権益を排除するため、法的に網をかける。まずは、事業仕分けの立法化がいい。俺の推測では、三分の一は無駄と出るだろう。そうすれば、特別会計三百七十兆円のうち百二十兆円は浮く計算になり、これを一般会計に回し、税収不足を補い、残る財源で一千兆円に迫る赤字国債の返済に充て削減させる。どうだ、こういうのは?」

河西が決意顔になり、

「ううん、いいね。これ、いただくことにする。まあ、当面優先順位で削減分を復興財源と税収不足の一般会計に充てるのもいい。官僚の悪行を追及するには、改善策をも含めた三方から攻めれば、相乗効果が増してよりインパクトがある。それに、大衆を味方に付ける暴きじゃなければ、支持されんからな。あとは俺に任せろ。たとえ命が脅かされようと、奴らに喰らいつき、この細腕でペンが折れるまで攻めてやる!」

大胆に告げると、山口が茶化す。

「そうか、その心意気買うで! うんにゃ、ちょっと待てや? 河西、どさくさに妙なこと言うな。お前が細腕? そりゃねえだろ、どうみたってゴリラの腕と同じだぜ」

「馬鹿言え、細腕はいい過ぎだが、いくらなんでもゴリラはひでえよ」

「まあまあ、深く考えるな。これから長い戦いが始まるんだ、心して取り組まにゃならんということだ。さあ、飲もうぜ」

「おお、飲もう飲もう!」

三人の気勢が響いた。

そして、どれだけの時間が過ぎただろうか、いったいどれだけ飲んだのか、気負う彼らにはわからなかった。また、どうやって帰ったのかも記憶が飛んでいた。けれど、翌日夕刻近くになると、しゃきっとしてペンを握る河西の姿があった。そして、顔を上げ思いを巡らせていた。

更迭された経産三首脳が通常退職?それも、一千万円も多い勧奨退職扱いだと?経産大臣も舐められたもんだ。官僚というのは、本当に汚ねえ奴らだ。それで、こいつらもいずれ天下りし、さらにわたりを繰り返す気だ。そんな血税の搾取行為は許せん。それに、某新聞がトップで載せていたが、防衛省で『天下り先補助金温存』が発覚した。所管の(財)防衛施設周辺整備協会に年間十数億も補助していた。それも昨年の事業仕分けで、補助金廃止を指摘されたにもかかわらず、施策名を変え続けやがって……」

鼻息が荒くなる。

さらに、最近発覚したことだが、どうやら一連のやらせ問題も、経産省が黙認していたらしい。それに噂じゃ、公益法人への天下りに批判が集中するため、目を逸らそうと省内に高額スタッフ職の新設だとよ。今度は省内わたりかい。まったくもって、腐った輩どもだ。

パソコン画面に踊る文字、『終わりなき借金地獄の中で、キャリア官僚の天下りの実態と公益法人の無駄を暴く』のタイトル文字浮かび上がり、鋭く追及する文章が次々と打ち込まれてゆく。その熱意は、パソコン前に座る尻の痛みと、打ち込む指先がマヒするほど注がれていた。

さらに熱い視線が画面を捉え、キーボードを叩く指先が忙しく動き続ける。朝から続く作業は、飯を食うことさえ忘れ、延々と深夜まで続いていた。もちろん、それは、あくなき霞が関川での、官僚らのわたりの怪魚釣りプランである。


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わたり サブタイトル天下り 高山長治 @masa5555

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