第7話 欲惚け

翌朝の各紙の三面に、智子が連行される写真と、『血税に巣喰うキャリア官僚の成れの果て』のタイトルが躍った。当然、テレビ各局も報道し、芸能人スキャンダル報道から、一転して各省庁にぶら下がる公益法人特集が組まれ、税金の無駄遣いとして報道されるに至った。

そんな中、一週間後に新理事長が保険協会連合会に就任するという記事が、新聞の経済面に載った。一連の不祥事をどう解決するのか、関係省庁に挨拶回りのため外出するたびに、マイクを向けられ、質問攻めに合う。当初はそれなりに受け答えしていたが、あまりにも要領を得ない返答に、記者らは痺れを切らす。

「山崎新理事長、前任の鳥谷さんについてどう思われますか。あまりにも非常識で酷いんじゃないですか。血税を女遊びに使うなど、言語道断ではありませんか?」

浴びせる質問も次第にエスカレートしていく。その都度、新理事長は頭を下げる。

「誠に申しわけございません。皆さんのおっしゃるとおりでございまして、返す言葉もありません。いわんや、皆様の血と汗の結晶である税金を、このような醜い目的に使用するなど、あってはならないことです。深く反省するとともに、今後、わが連合会のみならず、すべての公益法人が襟を正し、皆様方のお役に立つべく邁進する所存でございます」

腹にもないことを、真顔で滔々と述べていた。

翌朝の各新聞のトップには、『(社)全国社会保険協会連合会の新理事長、過去の過ちを粛正し、社会に役立つ新たなる組織を目指す?』との見出しで顔写真が載ったが、どことなく胡散臭さを漂わせていた。

ところが、理事長が変わり、謝罪と抱負を述べたからといって幕引とはならず、記者らの追っかけが収まったわけではない。当然ながら、新理事長に対する新たな火種を探すべく奔走するのである。

理事長室で山崎が一連の報道記事を読んで憤り、腹の内でぼやく。

何をがやがやと騒いでいるんだ。この国を動かし、国民の生活を安心、安定させているのは俺たち官僚なんだぞ。賢き頭脳で難しい国家運営の舵取りをしているんだ。その惜しまぬ努力とかけるエネルギーは、時に極限まで及ぶ。大半の官僚が休日出勤や深夜労働で支えているのが実情だ。

「……であればこそ。退官後は精神的困憊を癒すため、天下りが必要不可欠なんだ。それを上っつらしか見ず、天下りがけしからんとか、わたりが税金の無駄遣いなどとほざく。何も解かっちゃいない輩ばかりだ。

「この下郎どもめが!」と、最後は口に出しなじった。

まあ、過度のわたりはよくないが、これも選ばれし我らの特権というものだ。国民の皆さん、これからも酒も煙草も飲んで吸って、せいぜい税金を納めてちょうだいな。それでないと、甘い汁を吸い続けられませんからね。

ここで陰気な笑みを浮かべた。そして、なにか思い出したような顔つきになる。

あっ、そうそう。この理事長用デスクや椅子も、死んだ奴のじゃ縁起が悪いんで新調させてもらったよ。金なら、いくらでもあるからな。それと、役人の天下りは今に始まったことじゃない。神代の昔から脈々と続いているんだ。今さらやいのやいのと騒がれても、どうにもならない。これからだって、なくなりゃしないのさ。国会議員の諸先生とて、選挙時には票が欲しいから、『公益法人の削減による税金の無駄遣いを徹底的になくす』などと熱弁しているが、口先だけでどこまで本気か分からん。当選しちまえば、そんな公約、上っつらだけ帳尻合わせしているだけだからな……。

そんなことを考えているところに、机上電話が鳴った。おもむろに受話器を取り耳に当てると、色気のある声が響き、途端に顔が緩む。

「おお、君か……」

「ねえ、いつ来てくれるの。私、寂しくて夜も眠れないわ。だから逢いたいの。早く私を慰めてほしい……」

「そうか、そうか。お前とも、久しく会っておらんな。わしもちょうどほしいと思っていところだ。どうだ、今晩?」

「うっふん、待っている……」

甘えた声が、耳に当てる受話器で響く。

「それじゃ、寝かせんぞ……」

鼻の下が伸び、先ほどのわたりの能書きのことなどすっかり忘れ、色っぽい囁きに触発されて思いを馳せるうち、下半身が疼き出していた。

「ねえ、どうしたの。黙っちゃって」

「ううん、なんだ。思い出しちまってね。うふふ……」

「まあ、いらしいんだから。馬鹿……」

痴態を想像してか、紗江の声が上ずっていた。

電話を切り、山崎は脂ぎるにたり顔でもみ手をし、片手で股間を押さえながら、急ぎ決済箱の書類に眼くら判を押しつつ、ぶつぶつと漏らす。

「言っておくが、世間じゃわしを前任と同類に見ているが、あいつみたいに間抜けじゃない。まあ鳥谷君よ、妬まず成仏してくれや。わしはあんたのような、二の舞は踏まんからな。三流週刊誌記者にたぶらかされず、せいぜい長く渡り歩き、贅沢させてもらいますよ」

意識はすでに情欲の世界に飛んでいた。

そして、机上の決裁済の書類を秘書に渡し、午後五時前には勤務先を後にし、彼女を乗せホテルに向かう山崎理事長の姿があった。


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