4話 水色は冷たく、背筋の凍る色

「うそ」


 ポスターは今朝のとはまるで違い、歯抜けのように色が抜け落ちていた。昨日ぬったはずのポンチョの水色も、帽子の黄色も、信号機の赤が白色に変わっていた。


 なんで。棚の位置が変わったわけでもないし、色が落ちるような画材も使ってなかったはず。


 指を震わせながら触ってみると、ざらっとしたぬられていない紙本来の感触がある。誰かが白色で塗り被せたわけじゃない。でも水彩絵の具とはいえ色を丸ごと消してしまうなんて絶対できないはず。


「ど、どうしよう。そうだ今からもう一度塗りなおして」


 絵具箱からパレットと絵具を取り出す。でも昨日の色の配合思い出せるかな。手塚先生このポスターすごく気に入ってくれたのに。もし配合を間違えて、塗りなおしていたのがバレたらガッカリするかも。

 頭がパニックになりながら、パレットを開こうとする。

 あれ? 開かない。ふたのところに絵具がついて固まっちゃったのかな。今度は力を込めて、パレットのふたをこじ開けた。


 開いたパレットから赤、黄、水色のおはじきサイズの虫たちが三匹たかっていた。


「む、虫!?」


 思わずパレットを放り投げてしまい、中にいた虫たちがパレットといっしょにテーブルの上に落ちてひっくり返った。

 な、なんで虫がわいているの!! パレット毎回きれいに使っているのに!!


 わさわさとパレットから出てきた虫たちが体を起こして、広げていたポスターの上に乗ろうとした。

 ガラッ!


「白居さんそいつをポスターに乗させないで!」


 突然扉が開くと、色部先輩が飛び込んできた。


「そいつって」

「色虫だよ」


 先輩が指さしたのは、パレットの中にたかっていた四匹の虫たちだった。


 え、えええ!? これを捕まえるって、むりむり!!!! チョウならともかく、わさわさしてなんかゴ〇ブ〇みたいで気持ち悪いの触れないよ!


 しかしその間に虫たちがポスターに乗り上げる。すると虫たちが乗り上げたところからポスターの色が消え始めてた。色が抜け落ちたところは、ポンチョの水色のと同じく元の紙の白になっていた。


 もしかして、この虫が。どうしようこのままだとポスターの色が全部抜け落ちちゃう。


 ……ええっい!!

 勇気を出して、ポスターに群がっていた虫たちを手で払いのけて床に落とした。

 ひゃっ! 足触っちゃった。カサカサして気持ち悪い。虫の足の感触のあとが残り、その場でへたり込む。


「よしっ、後はおれが」


 色部先輩が一本の筆を取り出すと、虫の背中に穂先をなでつける。黄色の虫が黒に変わる。すると虫は足をふるわせてひっくり返る。


「でいっ」


 先輩が筆を反対に持ち帰ると、ひっくり返った虫を叩く。叩かれた色虫は悲鳴を上げて消えてしまうと、ポスターにあった黄色の帽子の色が戻ってきた。先輩の足元にいた赤色の虫も、同じく背中に黒色をぬりつける。赤色の虫も同じくひっくり返って倒すと、今度は信号機の赤色が戻ってきた。


 もしかしてこの虫たちポスターにぬっていた色と同じ色を吸い取っていたの。


 最後に残った虫は背中の色が薄い水色。白が多めだからあれはポンチョの色のはず。


「これでとどめだ」


 先輩が最後に残った虫の背中に黒色をぬった。けど、この虫はほかの二匹と違いひっくり返ることはなく、カサカサと変わらず動き回っていた。

 え? なんで、あの筆で動き止めていたはずなのに。

 色部先輩がもう一度背中をなぞるけど、それでも虫の動きは止まらない。


「白居さん、色虫が外に出る。扉を閉めて!」


 虫が危機を感じたのか、扉へと一直線に走りだした。この虫を止めないと。

 あれ? さっきは背中の色が水色だったのに、濃い青色になっている。もしかしてこの色って……と考えた矢先、ぶわわわと虫が羽音を羽ばたかせて私に向かって飛んできた。


「ぎゃあ!?」


 飛び方がまんまゴ〇ブ〇だよ~。これを止めるなんて無理!

 と驚いた拍子に椅子に足をひっかけてしまい、体が真正面に倒れてしまった。


 どっしーん。ぷちっ。

 うっ、いやな音。


「白居さん大丈夫!?」


 顔を青白くさせて色部先輩が駆け寄ってくると、手を差し出して私を引っ張り上げてくれた。体の下に起きてしまっている惨状にも目を背けたかったが、やはり気になってしまい胸のあたりに目を下ろした。


「いやぁ、最悪だ」


 ブラウスに虫の背中の色と同じ濃い青色の絵の具がべったりとついてしまってた。あぁっ、スカートにもついているよ。絵具が付いたら落とすの大変だってお母さんに注意されているのに。

 ポスターは元に戻ったけど、制服どうしよう。わけのわからない虫のせいで、目がぐじゅぐじゅとぶつれる感覚がこみあがってくる。


「白居さんけがしたの」


 泣きそうになる私を心配してか、色部先輩が声をかけてくれた。


「制服が、お母さんに、怒られる」

「家で洗濯するから体操服を持ってきて、家まではここからが一番近い」


 色部先輩が窓に向かって筆を取り出すと、外に向けて一振りする。すると町の上にかかっていた常盤虹がまっすぐこっちに向かってやってきた! 校庭からは学校に常盤虹がかかって残った生徒たちが大騒ぎしているが、一番驚くべき私は口が金魚のようにパクパクして立ち往生。


「この虹を渡れば虹の根元にあるおれの家につく。さあ早く」


 スプラッターかと思ったら、虫退治。そして今度は常盤虹をあやつる。

 色部君っていったい何者なの……

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