5話 虹は七色。ここはレインボー工房です
「制服、うちの洗剤を使えば色は残らないから安心して」
「あ、はい。ありがとうございます」
色部先輩の家に来てお風呂をもらったあと、体操服に着替えると縦型洗濯機の前で色部先輩が私のブラウスとスカートを回していた。色が落ちるのはよかったけど、現実感がない。
色を食べていた虫が現れ、それを色部先輩が倒したら、色が戻って。それをうっかりつぶしちゃって制服を汚してしまった。その後、先輩が常盤虹を呼び出して、虹の上をいっしょに歩いてきた。
ファンタジーの世界のようなことが一気に押し寄せて頭がふわふわしてる。
でも、ファンタジーにしてはふつうの家なんだよね。
常盤虹を渡った先には、煙突から虹が噴き出している家があった。それは伝説に聞いた常盤虹の根元だった。きっと中の家も虹で染まっていると思ったんだけど、壁紙ははだいろに近い色だし、お風呂のお湯も虹色でもない。中身はいたってごく一般家庭のお家だ。
「あの、ここ色部先輩の家なんですか」
「ただしくは工房だ」
「工房?」
「レインボー工房。世界中の色を虹によって管理する工房。別名『虹の根元』だ」
「世界中の?」
再びファンタジーな世界の話に戻されていく、それでも現実感がない。いただいたココアは、茶色だし。
すると先輩が筆を持ち出すと、赤絵の具をつけてそれをびゃっと空中に動かす。絵筆を動かしたあとには、『色部』と赤い文字が宙に浮いている。
「これがおれの一族が代々受け継がれている虹絵筆。欠けた色をこの絵筆でぬったり、原因となる色虫を排除するのがうちの家業だ」
「色虫って美術準備室に出てきたあの虫?」
「そうだ。さっき見た通り、色虫は色を吸い取る害虫だ。画材種類関係なく、繁殖のためにあらゆる色という色を吸い取ってしまう。昨日おれが美術準備室にいた色虫を退治したんだが、三匹取り逃してしまって。それで美術室に逃げたのかと体験入部を利用して残った三匹を探していた」
じゃあ今日来ていたのは、私目当てじゃなかったのか。びくびくしていたのが取り越し苦労だよ。
「じゃああの三匹は」
「ずっと美術準備室の中に隠れて、白居さんのポスターを吸い取っていたんだ」
じゃあ制服についていた色は、色虫が吸っていた私のポスターの色が吐き出されたものだったのか。
「じゃあ昨日私が見た血まみれの姿は」
「白居さんと同じで、倒している最中、うっかり赤い色虫を潰してしまって返り血みたいになったと思う。昨日と今日と白居さんに
「ううん。ポスターを元に戻してくれたし、制服まで洗ってくれて。青だと洗っても色が目立って」
あれ? たしか私のぬっていたのは白濃いめの青だったはず。けど出てきたのは濃い青色。なんで濃い青色? あっ、黒色。色部先輩が色虫にぬっていた黒色。青に黒色をぬったら紺色に近い色になるはず。
「あの。色虫って黒色を背中にぬったら動かなくなるの」
「そうだ。色虫は鮮やかな色を吸って背中に反映させることでメスをおびき寄せる習性がある。背中の色がぼやけたり鈍い色になると体をひっくり返して色を戻そうとする。黒はたいていの色を暗くさせるからな」
「じゃあ、黒色にぬった色虫は吸った色もまざったりするんですよね」
「……だと思う」
私の質問に色部先輩は急に押し黙ってしまり、自信ない言葉で返した。
私変なこと言ったかな。……あっ、もしかして。
「色部先輩、色覚異常ですか」
「なっ、どうしてそれを」
「水色の色虫の動き止まらなかったこと。色の三原色的に水色に黒を混ぜても紺色に近くなるんです。あの水色、白色を多めに使っていたから余計に黒になりにくいんです。色に詳しいはずの先輩が色の三原色の混ぜ合わせを知らないはずがないから、黒以外の色をぬらない鈍い色にならないのにと思って」
それと血まみれの原因を先輩は赤色の色虫を踏みつぶしたと答えたこと。赤色単体だと明るすぎて、暗い血の色にはならない。血の色になっていたのは先輩がぬった黒色が色虫の中でまざったから。そう答えなかったのは、先輩の目がモノクロの世界しか見えなかったから。
「よくわかったな。たったそれだけで。」
「似た症状の人を近くで見ていたので。でも私の絵の色はどうやって判別できたんですか」
「匂いだな」
「匂い? たしかに絵具の色の元には独特のにおいが出ますけど、それは油絵用の絵の具じゃないと」
「ふつうはな。工房の人間は万が一のためにどの画材の絵でも匂いで区別できるよう訓練を受けている。色の区別はできていた。だが色虫が色を取り込むと匂いが遮断してしまい、判別できなくなる。俺にとっては天敵だ」
そんな危ないことを先輩は裏でやっていたなんて。それも色が見えないと絶対に不利な状況で戦うなんて、先輩怖くないのかな。
「でももう倒したから大丈夫なんですよね」
「いやまだ学校に潜んでいるかもしれない。どうも今年はなぜか色虫が町中に大量発生している」
「じゃあ私が」
「色虫退治を手伝う」といい終わる前、先輩の手が突き出されて、言葉を遮った。
「ありがとう。けどこれはおれの家業だ。今回発見した色虫は成虫になる前で簡単に駆除できたが、訓練されてない一般人だと成虫になりかけでも脅威だ。他所の人に手助けさせるわけにはいかない」
「けど……」
「制服が乾いたら家まで送る。おれのことは気にしないでくれ。白居さんとは今後かかわらないようにするから、これでおしまいだ」
初めて、困っているのに頼られた。
色部先輩が頭を下げて断りを入れられたとき、胸の奥にもやもやした
ものがふくらんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます