3話 黒は暗闇、怪しい先輩

「活動は夕方だけなんですか」

「うん基本はね。けどうちの部員は熱心だから朝から自分の作品の続きを描いたりしているの。うちの部の方針は作品に縛りやテーマをもうけず自由に描く」


 放課後になり、色部先輩は部長がら美術部の活動を説明聞いていた。私はというと、すみの方で今までの美術部が描いた作品を探している。というより色部先輩から距離をとっていた。


 昨日の人だよね。美術準備室で血まみれのスプラッタになってた。

 ひょっとしてねらいは私? いやそうかも。犯行現場を見られて、何事もなく帰すなんてないもの。美術部の部員と知って、同じクラスの青山部長に急に体験入部を希望したに違いない。

 ……えっじゃあ私も血まみれに?


「ちょっといいかな」

「ひゃい!?」


 後ろから色部先輩が声をかけられ思わず飛んでしまった。


「すまない、驚かしてしまった。部室はこの美術室だけを使っているのかい」


 あ、やっぱり美術準備室のことを聞いてる。美術部の私がとなりも使っていると知ったら……

 一瞬嘘をつこうと頭をよぎった。でも青山部長の前でごまかすことなんてできないし。怖々と私は首を小さく縦に振った。


「部屋のわりに置いてある作品の数が少ないと思ったが、となりに置いてあるんだな」

「そうなの。作品を保管するのに場所も取るし、ここ美術室は授業で使うから多く置いておくとよそのクラスのじゃまになってしまうから、持ち帰るか美術準備室に置いておくのが決まりなの」


 青山部長のいる前では何もしないのかな。でもずっと青山部長のそばを付かず離れずにいるわけにはいかないし。なによりそんなことしたら、部長に嫌われてしまう。


「これ誰の作品ですか」


 色部先輩が見本として机の上に広げられた町中にかかる虹の絵を指差した。


「白居さんのよ。いい色づかいでしょ」

「いえ、ほとんど青山部長がしてもらった作品ですしこれ。私は色だけをぬったんです」

「下書きとぬりはそれぞれ別の人が担当したというのか」

「そっ、でも色ぬりだけでもけっこう個性が出るし、幅広い表現ができて面白いものよ。それも美術の自由さだと私は思うから」


 青山部長は擁護ようごしてくれたけど、本当は下書きがぜんぜん下手くそだからなんだけど。色ぬりに関しては男の子のためにいっぱい勉強したけど、ぬりえにばかり集中しすぎて下書きのうではおせじにもならないほど。


 初めて青山部長から美術部に入らないか誘われた時も、下書きができないからって断ったなぁ。

 それでも「気にしないで。私が描いてあげるから、あなたの才能を見せてほしい」と押され負けして入部した。ぬりの才能がなかったら、青山部長から美術部に入ることもなかっただろうな。

 昔のことを思い出していると、色部先輩がじっと作品に顔を近づけて眺める。


「かなり色を混ぜているな。丘は緑と黄それに少しの白色。空はオレンジ多めの赤、夕焼けかな。そしてモデルはこの町か?」


 すごい、色の配合をぴったり当ててる。

 前に手塚先生がこの絵を見た時、どんな絵具を使ってるのって聞かれたのに。 私が使ってる絵具はごくごくありふれた市販の絵具。使う色も基本赤、青、黄色の『色の三原色』と濃淡に使う白黒だけ。


 『色の三原色』というのは、色を構成する三色のこと。ほとんどの色は三色の配合で出せる。例えば赤と青で紫色。青と黄色で緑。赤を多めに青と混ぜると赤紫色に変化する。三色と白黒さえあればすべての色をつくることができる。ただ、色の配合と量を間違えると違うと別の色になるから市販のを使うのが一般的。


「身近なものということで部長が美術室の窓から見た景色を描きまして」

「ここから?」


 すぐに察した部長が閉じていたカーテンを開けた。

 美術室の窓からは私が描いた絵そのままの景気が広がっている。小高い丘にそして町にかぶさるように虹が空を覆っている。


「いい景色だ。町が一望できる」

「そう、この美術室の特権なの。ほら名物の虹もあんな近くにある」


 この仁地にじ町の名物といえる常盤虹ときわにじ。普通の虹は雨が降った後、太陽の反射でできるのだけど、この町の虹は特別で、晴れていたらいつでも七色くっきりの虹が出ているの。この不思議な現象、町のどこかにある虹の根元から虹の元が常に噴き出しているという『虹の根元』伝説があるらしい。

 これを目当てに来る観光客とかがいて、高台とかは休みの日になると人でいっぱい。けどこの美術室は、常盤虹が一望できるところにあってうちの学校のスポットになっている。


「すごいな。白居さんこの景色を自分の色で表現できるなんて」

「いえ、私色ぬりしかできないから、わがまま言わせてもらったのにそれができなかいと意味がないし」

謙遜けんそんしちゃだめ。せっかく後輩からほめられたんだから」

「青山、おれはまだ体験入部だって」

「あら。入部する前提かと思って、入部届持って来ちゃった」

「油断もすきもないな」


 安心しかけたけど、先輩が入部したら私逃げ場なくなっちゃう。


「さすがに早すぎると思いますよ部長。色部先輩も体験入部しているわけですし」

「うーんでも白居さんの色の配合を一目で ちょっと私も心が傾きかけで」


 どうしよう色部先輩が入部すると私が血だまりになるかもしれない。けどほめてくれた人を無理やり追い出すわけにもいかないし。


「白居。先生このテストの紙を職員室に運んだ後にポスターをもらいたいんだが」


 手塚先生が分厚い髪の束を抱えて、美術室に顔をのぞいてきた。

 そうだポスター、最後のはりつけまだ終わってなかったんだ。


「部長ちょっと失礼します。先生にポスターを渡さないといけなくて」

「はーいお願いね」


 色部先輩から離れる口実を得て、美術室から出る。


 茜ちゃんに言われた通り、ネームプレートも書いたけど私の名前が学校中に見られるなんて、はずかしいなぁ。

 少し顔が熱くなるのを感じて、ポスターが置いてある美術準備室の扉を開けた。


 ポスターを美術準備室に置いておいたのは、授業のじゃまになるのもあるけど、絵具は太陽の光を浴びせるとパリパリに乾燥しちゃうから、一日中日陰になるここに置かないといけない。

 絵は色が抜け落ちないよう注意しなければならない。そのはずだった。


「え?」


 

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