2話 白は真っ白キャンバスと私の色

「うん。完璧、考えていた絵のとおりだよ」


 朝礼の前に、担任の手塚先生に昨日完成した交通安全ポスターを美術室で見せる。先生は、腕を組んでうんうんとうなずいている。

 よかった。先生の満足してくれたみたい。


「去年までフリーイラストを貼り付けていたんだが、校長から温かみがないって言われて、使えなくなって困っていたんだ。美術部の白居さんにお願いして助かったよ」

「先生が助かったのなら」

「美術部で頼めそうな人、白居さんしかいないから。こっちは大助かりだよ。じゃあこれ持っていくぞ」


 先生がポスターの絵を持とうとした。

 あっ、だめ。横じゃなくて隅の方を持たないと色が落ちちゃう。でも先生の気分を悪くしたらいけないし……


「おーっす、失礼するよ」

「島波。お前陸上はどうした」

「今日は朝練休み。みうのポスターもうできてるんだよね」


 美術室に入ってきたのは、同じクラスのあかねちゃん。肌が薄いだいだい色に日焼けして私とは真逆の元気いっぱいの女の子。茜ちゃんが、先生を脇に追いやって私のポスターを「きれいだ」とほめてくれた。


「いやぁさすがの色使いだね。これちゃんとみうの名前をつけて飾ってくれるんだよね」

「それは、白居がどうするかだな」


 え、私の名前!? このポスターは先生が困っていたから描いただけで、自分をアピールするつもりでやったわけじゃないし。


「先生に頼まれたものだから、私の名前は別に」

「ちょいちょい学校の掲示板にられる公共のポスターなんだよ。上の学年から下の学年までこのポスターを見るのに、作者不明じゃもったいないよ。先生だってみうにポスター描いてほしいって学校にお願いしたんだし。ね」

「あ、ああ。そうだ。せっかくみんなに見せるんだ。名前を書くべきだ。美術部の白居みうという生徒がこのポスターを描いたって広めないとなぁ」


 最初は強く押さなかったはずの先生が目を左右に泳がせて、推してきた。


「そろそろ職員会議が始まる時間だ。放課後に取りに来るから、ネームプレートに白居の名前と学年書いてくれ」


 逃げるように先生が美術室を出ていく。すると茜ちゃんがほっと大きなため息をついた。


「みう気を付けなよ。先生に手柄全部持っていかれるところだったよあれ」

「でも、先生喜んでいたし」

「描いたのはみうでしょ。部長さんから聞いたよ。急に依頼されて、締め切りに間に合わせるために学校閉まるまでこれ描いていたって。疲労で幻覚まで見たとか。もう自分を大事にしなよ」


 茜ちゃんはそう言い残して、「そろそろ予鈴が鳴るから先に行くね」と出て行ってしまった。


 大事にと言われても、私にはこれしかないのに。


 私の肌はほかの子たちと違って、白色の割合が多い。小さいころから体が弱くて、外に出る機会と言えば病院の中にある庭に出ることぐらいしかなかったから、肌が白い。

 小学校の入学式にも出られず二カ月、ようやく退院できるとお医者さんに言われた。けど気持ちは学校に行きたくない気持ちによっていた。私が病院にいる間に学校ではもうクラスの中で友達がいて、勉強での悩みを相談してと自分たちの学校生活にいろどりをつくっている。

 みんな、自分の色で染まっている。私がそこに溶け込むなんてできない。


「おねえちゃん、これ」


 病院のベンチで座っていた時、片目に眼帯がんたいをつけた男の子がぬりえの本とクレヨンを私の前に突き付けた。


「となりにいたおばあちゃんからもらったんだけど、なんの色をぬればいいのかわかんない。おねえちゃん描いて」

「自分の好きなように描いたらいいと思うよ」

「わかんないから描いて」


 しつこく描いてと求められ、断ることもできずぬりえを受け取ってしまった。

 入院中退屈しのぎにと絵を描いていたからぬりえは苦手じゃない。最初に開いたページサルやキリンの動物の絵、『ようちえんじからのぬりえ』って書いてあったけどそこまで複雑なものでなかったので安心すると、その開いたページからぬりだした。


「なにをぬってんの」

「おさるさんだよ。体は茶色、顔の周りは毛が薄いからうーん灰色のほうがいいかな。持っているバナナは黒いつぶつぶがあるとおいしいから黒色も。目のところも忘れいないように」


 なし崩し的に引き受けてしまったが、どんな色をぬればいいか考えながらするのは楽しい。それに眼帯の男の子が身を乗り出してまで、じっと眺められたらがんばらなくちゃって力が入る。


「おねえちゃんうまい」

「時間あるときよくしているから」

「そうなんだ。おれ色がよく見えないからサルが何色なのかわかんなくて」

「そうなの!」

「こっちの目、目の異常でもう白黒しか見えないくてさ。眼帯しているとだいぶましだけど」


 男の子は右目につけた眼帯を指さした。

 ひどいこと言っちゃった。色が見えないのに好きなようにぬったらいいなんて。ぎゅっと持っていたクレヨンを強く握り、ぬりえを続けた。サルにキリンそれかあぬらなくてもいい背景にまで色を塗り続けた。

 完成したぬりえを男の子に返すと、おぉっと声を上げて目を輝かせた。


「これがサルとキリンの色かぁ。おねえちゃんまたこれぬってもらえる」

「もう退院が近いけど。いいよ」

「サンキュー。このぬりえ大切にするから」

 

 それから約束通り退院するまで眼帯の男の子に一日一ページぬりえをしてあげた。そのうち私自身も絵の勉強を始めた。リアルな色を出すために色の種類や色の三原色など覚え、男の子に色を教えた。

 

 あの男の子との出会いのおかげで絵が得意になった。クラス新聞で色ぬりを手伝ったら「白居さんの絵きれいじゃん。私の下書き、白居さんにぬってもらえる」とほめてもらえ、クラスのみんなから一員として認められた。そして茜ちゃんという友達ができた。青山部長から美術部に入るように誘われた。

 絵をぬることで私はみんな中に溶け込めた。唯一自分の色である絵を描くことで、私はクラスの中に混ぜ合わせてくれる。

 だって白色は単体では使えないから。


***


 茜ちゃんが帰った後、私が描きあげたポスターを折り目をつけないようになおしていると、青山部長が入ってきた。


「あら、今朝は白居さんしかないの」

「どうしました青山部長」

「うちの美術部を体験入部したい人が来るの」

「珍しいですねこの時期に」


 もう新学期も終わり五月も過ぎて入部シーズンは過ぎている。それに美術部は青山部長が絵を描くときは静かな環境の方がいいとの方針から部員募集に力を入れてない。


「珍しいのはそれだけじゃないよ。なんと私と同じ五年生、でも早生まれだから年は白居さんと数か月しか変わらないんだけどね。放課後に美術室の中をいっしょに案内できる部員を探しているんだけど」

「私、お手伝いします」

「昨日疲れているから無理はしなくていいんだけど」

「いえ、体はもう大丈夫です」


 昨日美術室の片づけとかしてもらったし、ここで恩を返さないと。


「じゃあ顔合わせだけしときましょ。実は彼もう来ているの」

「もうですか」

「同じクラスなの。登校したとき教室でちょうど体験入部を希望してね」


 部長と同じクラスの人、どんな人だろう。

 部長が呼ぶと、その体験入部に来た人が美術室に入ってきた。


「初めまして、体験入部希望の色部伊黒いろべいぐろです」


 色部先輩の顔を見て、驚いた。

 私の頭一つ分背が高く、後ろの黒い髪は一つにまとめているかっこいい男の子。どこの部活にいても目立つぐらいに。

 でも驚いたのは、彼が昨日美術準備室で血まみれになっていた男の子だったからだ。

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