色ぬりはおまかせ。私たちレインボー工房です🌈

チクチクネズミ

1話 赤は太陽と血の色

 目の前にあるまっしろな紙の上に筆をおく。

 下書きの中からはみ出さないようにゆっくりと筆をなぞる。まずは幼稚ようち園の帽子の黄色、赤信号の赤。絵具そのままの色を使う。

 次に塗るはポンチョ、これは水色。絵具セットの中にある水色だとちょっと明るすぎるから、自作しないと。

 プラスチックのパレットの上に青、そして白色を多めに入れて、パレットナイフで混ぜる。


 絵を描くとき、一番楽しいのは自分で色を作るこの工程。青と白それぞれのインクを渦を描くように混ぜ合わせる。最初は青と白がマーブル模様のように残っていたインクが、だんだんと薄い青、そして薄い水色に変色していく。それを筆の先につけて、


 うん。これ、この色。


 自分の思い描く色を作り出すこの肯定、インクの量が少しでも違うと混ぜ合わせた色が濃かったり、薄かったり、違う色になったりする。でもそれが面白い。


 スッ、スッー。

 一人しかいない静かな美術室に筆先が紙にこすれる音が鳴る。そして最後の空白がなくなると、筆を水の中に入れて腕を伸ばす。


「終わった。先生に頼まれた交通安全のポスター」


 黄色帽を被った幼稚園の子が手を上げて横断歩道を渡る絵。今月の交通安全強化の絵、この絵が学校に貼りだされる。自信がない下書きの線は青山部長に手伝ってもらったけど、色使いこれでいいかな。言われた通りの形だと思うんだけど。


 うん。そう大丈夫。と自分に言い聞かせた。


 自分でこっそり描くことはあるけど、誰かのために描くとなったら、相手の満足のいくクオリティなのかいつも心臓がバクバクする。

 時計を見ると、もう六時になりかけ! 明日の朝までの約束だから集中していたらいつの間に。美術室のカギを預かっている青山部長を呼びに行かないと、いっしょに学校に閉じこめられちゃう。


 教室で待たせてもらっている部長を呼びに、椅子を立つ。


 ガタガタッ。

 突然隣の美術準備室で音がした。

 部長? 遅くなったから迎えに来たのかな? でも私が美術室にいることは伝えてあるはずだし。教室を出ておそるおそる外に出て、美術準備室の扉に手をかける。

 扉を開けると、中にいたのは部長ではなく男の子が立っていた。私よりも高い背に後ろ髪をまとめた黒い髪、その全身に


 インクじゃない。赤黒色は存在しないし、赤の単色と黒の単色ではこんな色にならない。じゃあ男の子についているのは……

 それに赤黒く染まった手につかんでいる細長いものは……


「あ」

「ぎゃあああ!! 殺人鬼!!」


 私に気づいて振り向いた男が声をあげると、叫び声を上げて逃げ出した。

 さ、殺人事件!? 怖い、怖い!! 逃げ、逃げないと!!!!


 わき目も振らず、全速力で逃げ出す。美術準備室から出ただけであっという間に肺の空気がなくなって、ひゅーひゅーと息が上がってしまった。

 逃げ、逃げて。ないと。

 隣の教室を越えたところで、もう足がガクガクになってしまった。も、もうだめ。体が限界の悲鳴を上げて倒れる。


「白居さん大丈夫、戻ってこないから心配してみたけど。やっぱり無茶して」


 倒れた私を受け止めてくれたのは、青山部長だった。ちょうど昇降口から上がってきたタイミングだったらしい。


「あ、あの。ちが、違うくて。ぶ、ぶ、部長。あの、あのあの」

「はい落ち着いて、ゆっくり深呼吸。私の吸う音に合わせて」


 部長が鼻から息を吸う音に合わせて、私も同じく息を吸う。

 すぅ。はぁ。すぅ。はぁ。胸がバクバクする音が静まってくれた。


「人が血まみれになって、いました。美術室準備室で」

「準備室? 絵具じゃなくて?」

「血の色でした。絵具の赤色だったらもっと明るくてはっきりしているので。そこに私と同い年くらいの男の子が、手に何か持っていて」

「もしかして今も!?」


 こくりとうなずくと、部長がキッとした表情で前に出ると美術準備室をノックする。

 ……反応が返ってこない。

 部長は私の時と違い、扉に手をかけると一気に開いた。


「誰もいないわね。床も壁も血の色っぽいのないみたい」


 そんなはずは。でも、部長の言うとおり、あんなにいっぱいの血がついていたら部屋の中にもその色がどこかに落ちているはず。絵具箱や乾かしている途中の油絵、それに木製の机の上にも赤黒い色のあとがついていない。

 それに美術準備室は校舎の二階の端にあるから、逃げたとしても出口はここしかないはず。


「疲れているかもね。白居さんポスターの作成でくたくたになって見間違えたのかも」

「そう……なのかな」

「そうだって。授業が終わってから三時間ずっと絵を描いていたら、誰だって疲れるもの。早く帰って休もうね」


 先輩に押される形で美術準備室を出たが、あれは疲れからの幻覚じゃない。あの男の子、私に気づいていた。私の顔も覚えていないよね。

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