水族館デート、米津玄師の真の力、そして運命

それから数日後。私は例によって小花柄のワンピースを着て、麦わら帽子を被っていた。その日はリョウスケと京都水族館に行く約束をしていた。私たちは地下鉄に乗って水族館に向かった。


水族館に入ると、最初にオオサンショウウオの展示が目に入った。


「うわ〜。オオサンショウウオがいるよ!」


リョウスケは私の手を引いてはしゃいだ。私はドキドキして手汗をかいた。リョウスケはそんなことは特に気にしていないようだった。


私たちはクラゲ水槽の前で写真を撮り合った。色とりどりにライトアップされたクラゲは、半透明の天使のように水の中を漂っていた。クラゲたちは人間の存在など我関せずといった様子で、それが彼らの神々しい美しさをさらに際立たせているように思えた。クラゲに夢中になっている私を、リョウスケは写真に撮り続けた。


それから私たちはペンギンの展示を見た。ペンギン水槽の前には、ペンギンたちの名前が全部書かれた相関図のパネルが置いてあった。ペンギンの飼育員たちは全部のペンギンの区別が付くらしかった。私たちは感心した。


そのあと、私たちは大水槽の前でまた写真を撮り合った。大水槽には、巨大な青い宝石の中に銀を散りばめたみたいなイワシが群れを成し、その周りを大小さまざまな魚が取り巻いて泳いでいた。


「ねぇカンナ、ここにベッドを置いて一晩寝たら気持ちよさそうだね」

「確かに。あっ、あれマグロじゃない?美味しそう〜」


私たちは魚を見るのに飽きると、水族館前の広場の芝生で弁当を広げてピクニックをした。


「この卵焼きめっちゃ美味しいね」

「ありがとう。リョウスケが前に卵焼き好きって言ってたから……」


私は照れながらそう言った。やがて日が傾き、辺りがだんだん暗くなってきた。ずっとこうして二人でいられたらな、と私は思った。


「そろそろ帰ろっか」

「うん」


私たちは家に帰って、軽く晩ごはんを食べて、それから布団に入った。私は眠りに落ちなが、今日のことを一生忘れないだろうな、と思った。


******


次の日、起きると、テーブルに宅配ピザが置かれていた。


「リョウスケ、まさか米津玄師使って勝手に注文したんじゃないよね?」

「違う違う!たぶんこれは家に現れたんだと思う」


私は財布を確認した。確かにお金は減っていないようだった。私たちはピザを開封した。宅配のピザ特有のジャンクで食欲を誘う匂いが漂った。私たちはピザを頬張りながら話した。


「ねぇ、米津玄師って私の財布からお金抜く以外に何か出来ないの?」

「KICK BACKとかLemonとか歌えるけど」

「えっ?マジ?」

「米津玄師なんだから当たり前じゃん」


私は彼に超能力でKICK BACKを歌ってもらった。それは米津玄師そのものだった。私は口をあんぐり開けて驚いた。


「米津玄師なんだから当たり前じゃん」


彼は当然といった様子で繰り返した。


「それって米津玄師以外の曲も歌えるの?」

「たぶん……」

「じゃあサカナクションの新宝島歌ってみて!」


彼は完璧な米津玄師の声で完璧な新宝島を歌った。


「ねぇリョウスケ、これバズるかもよ……」


******


私たちは『米津玄師の声で新宝島歌ってみた【ニセモノ】』という動画をアップロードした。その動画の再生数はグングン伸び、最終的に25万再生された。その次は強風オールバックを歌った。強風オールバックは50万再生された。私たちは次々とJ-POPのヒット曲をカバーしていった。再生数は倍々ゲームのように増えていった。


やがて、彼にテレビ局から連絡が来た。米津玄師の声のそっくりさんとして番組に出てほしいという依頼だった

。有名になる千載一遇のチャンスだったが、彼は怯えて、出演を断ろうとしていた。


「本物の米津玄師さんに怒られるかもしれないし……炎上するかもしれない……」

「そんときは全部私が何とかしてやるから」

「お前はなんも怖がることないって、ほら!」


そうして彼はテレビに出た。彼は番組で色んな歌を歌わされた。私はそれを観覧席で見て爆笑していた。番組が放送されると、彼は一躍お茶の間の人気者になった。


私たちは、テレビ局が焼いてくれた番組の録画DVDを二人で観ながら話した。


「ほんとに音楽?で有名になっちゃったね」

「うん……あのときカンナが背中を押してくれたから」

「ありがとう」


彼はまた泣いていた。私の口座には、彼のYoutubeの広告収益やら出演のギャラやらがたくさん振り込まれていた。


「お金がたくさん入ったから、今日はリョウスケの好きなもの何でも食べていいよ!」

「じゃあ僕、カンナの手料理が食べたいな。いつもみたいな」

「えっ……」


私は彼の想定外の答えを聞いて、少し泣きそうになった。とても嬉しかった。


「それから、カンナに言わなきゃいけないことがあるんだ……」


私は顔が熱くなるのを感じた。言わなきゃいけないことって何?それって告白?私は期待に胸が高鳴った。


私は、腕によりをかけて卵焼きやお味噌汁や豚の生姜焼きを作った。ここでリョウスケの胃袋をがっしり掴まなきゃ、と私は思った。彼も珍しく料理を手伝ってくれた。


私たちは、いつものように食卓を囲んだ。彼は静かにご飯を食べていたが、やがて口を開いた。


「僕は、カンナが好きだ」

「でももうこれ以上、一緒に暮らすことはできない」


「えっ、何で……」


私は彼の言葉にショックを受けて、箸を落としてしまった。しばらく彼は黙っていたが、やがて寂しそうな笑顔で切り出した。


「僕はヒモ男のイデア、つまり究極のヒモ男の概念なんだ。それなのに僕は、カンナにたくさんお金を入れてしまった」

「つまり、僕からヒモ性は完全に失われた」

「アイデンティティを失った概念は、消える定めなんだ」


彼の身体は薄っすらと光り始めていた。


「そんな……!」

「そんなの嫌だ!リョウスケが消えちゃうなんて!」

「私、リョウスケが好き!だから消えないで」


私は彼に抱きついた。彼の身体が、端の方から崩れ始めた。


「僕も好きだよ」

「でもこれは、運命さだめなんだ」


「カンナは僕の夢を叶えてくれた。だから悲しまないで」

「カンナに恩返しができて良かった」


彼はそう言うと、ホタルの群れが霧散するように、光の粒になって消えた。私は膝から崩れ落ちた。


私はそれから一時間ほど泣きじゃくった。泣きながら、彼が最期にくれた言葉を反芻した。


「カンナは僕の夢を叶えてくれた。だから悲しまないで」


彼は私にそう言った。その言葉で私は、ヒモ男と一緒に夢を追いかける日々がとても楽しかった自分に気づいた。彼の夢は自分の夢でもあったんだ、と私は思った。


「リョウスケこそ、夢を叶えてくれてありがとう」

「楽しかったよ」


私は一人でそう呟いて、窓の外を見た。とても静かな夜だった。夜空に一つ、星が瞬いた気がした。

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超訳あり物件〜幽霊以外全部出る〜 星宮獏 @hoshimiya_baku

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